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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

おどりば

一周年の感謝と、「病気の自分を認める」に関するお話。

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こんにちわ、サユです。

4月ですね。
世間一般的には新生活が始まる季節ですが、私にとってはいつもの季節の変わり目です。あまり「節目!」という感じはしていません。
強いて言えば、「気温差が激しくて体調崩すんじゃコンニャロー」なんて思っているくらいでしょうか(笑)

先月末にピークを迎えた体調は、しかし安定せず急降下し、4月になってから低空飛行しております。
それでも昨日、やっと「浮力」を感じたので、そろそろ抜け出せそうな気配がしてきました。とりあえず良かった…!

まぁ、そんな調子だったので、自分のブログにアクセスする余裕も無いまま数日が過ぎてしまったのですが、実は……当ブログは開設1周年を迎えました。

このブログの初めての記事は私の自己紹介なのですが、それを書いたのが2016年の4月2日。
もちろん、書いた後に何度か手を加えていますが、投稿日は丸一年前です。

一年続くなんて思わなかったなぁ!!

今思っていることを全部文章に詰め込んだら、5000文字を超えてしまいました。
必要以上に長いので、余裕がある時に読んでいただけると嬉しいです。

 

 

こんなブログにするつもりはなかったんです。

昨年4月。
大学を中退して、何もやることが無くなってしまった私は、ブログを始めました。
とあるブログサロンの「自分の経験がお金に変わる」(うろ覚えなので不正確だとは思いますが)というようなキャッチコピーを見たのがきっかけでした。
「人並みの人生が送れなかった」という手札しか持っていない自分にとって、他人と違うことが求められるブログは、最適なツールであるように思えたんです。

実際にはそんな都合の良いことにはならなかったし、私には良くも悪くもブロガーの才能はありませんでした。
でも、私がブログを始めたきっかけが100%収入目当てだったことは事実です。
適性さえあればブロガーというよりはアフィリエイターになりたかったくらいなので、本当に、当初は「こんなブログ」にするつもりはなかったんですよ。

それからいろいろやらかしたり反省したり考えたり諦めたり悟ったりして、今の路線に至るまでに多少の痛みも味わいましたが、……濃い一年だった、と思います。

大学に行っている時にも、大学を目指して予備校に通っている時にも、それ以前の人生も含めたって、これほどじっくり自分と向き合った一年間はありませんでした。

自分と向き合って、考えて、発見したことを文字にして、整理して、納得して。
その過程から生まれた文章を、この辺境のブログに積み重ねてきました。
それらが、たまたま訪れてくださった読者さん達の心に届いたというのは、何のタレント性も無い私という人間にとって、とてもラッキーなアクシデントでした。

「おどりば」は、一年かけて、私が最初に思い描いていたブログとは全く違う形に成長したけれど、それで良かったと思っています。

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もちろん、今だって、アイドル的人気を持つブロガーを羨ましく思ったりとか、もっとたくさんの人に読まれたいとか、自分だって月に10万円とか稼いでみたいとか、可能かどうかはさておき、そういう気持ちが疼くことはあります。

けれど、たった一人に「励まされた」「ありがとう」と言ってもらえたら、それだけで私が文章を書くために費やした全ての労力が報われるというのも、事実です。

うつ病になって良かった、とは、思いません。
恐らく、これから一生かかっても、「うつ病になって良かった」なんて言える日は来ないでしょう。
うつ病になって、私が失ったものはあまりにも大き過ぎました。
だから、私はうつ病になる人が一人でも減ってほしいし、うつ病になってしまったら症状が軽いうちに手を打ってほしいし、できるだけ早く治ってほしいと思うし、苦しんでいる人ができるだけ楽に生きられるようになってほしいと思っています。

けれども、ブログを始めて、読者さんから反応をいただくことによって、私は初めて「うつ病である自分」でも周りから認められ得るのだということを知りました。
そのおかげで、病歴15年目にしてやっと、「うつ病である自分」を許すことができるようになりました。
どんなに感謝しても足りません。

ありがとうございます。
「サユ」という人間の人生は、「おどりば」の読者さんの存在に、ものすごく支えられて、救われています。                 

 

 

高いところに実ったリンゴを手に入れるには。

私は、ブログサロンに入るところからブログを始めたという、今となっては消し去りたい残念な過去を持っているのですが、そこで得た数少ない役に立つ教えとして覚えているのが「伝えたいことは何度でも繰り返し書け」ということです。

なので、今までに書いたことがある話を、違った例えを使って、また書いてみたいと思います。
「またその話かよ!」って思った人は、筆者がお礼を言いたいらしいので握手してください!!←

 

私は、うつ病になってから長い間、「ジャンプしても手の届かないところに実っているリンゴを取るために、ただひたすらジャンプを繰り返して」いました。
いつかリンゴに手が届く高さまでジャンプできるようになるハズだと、自分ならいつか届くと、そう信じているだけでした。

でも、どんなにジャンプしたって、物理的に届かない高さにあるものはそのままじゃ届かないんですよ。
高いところのリンゴが欲しかったら、今の自分がリンゴを取るために不足している高さを自覚して、十分な高さのハシゴを用意するなり、リンゴに届く長さの棒を用意するなり、何か策を講じなくちゃいけないんです。

そこで、ただジャンプを繰り返して「頑張ればいつか届くハズ!」っていうのは、自分の可能性を信じているのでもないし、夢を見ているのでさえありません。
単なる思考停止です。私はそう思います。

自分が「足りてない。だから届かない」ということに気がつくこと。
私にとっては、それこそが、「病気を認める」ということでした。

ある意味では、「諦める」ということにもなると思います。
でも、それは、自分の「ジャンプ力と身長」が足りないことを諦めるだけなのであって、肝心のリンゴ自体を諦めるワケではありません。

考えるんです。
自分の不足を補う方法を。
不可能を可能にする手段を。
手の届かないものを「届かない」と嘆くだけで終わらないために。
……うつ病で弱った頭にとって、それは時に苦痛を伴うものでもあります。
でも、あえて「思考停止から抜けろ」と言わせてください。 

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やりたいことをやれば認められる、褒められる、……うつ病になる前の私は、そういう経験を積み重ねていました。順調な人生を生きていました。
だから、ずっと、その頃の私に戻りたかったんです。それしか考えてなかったんです。

「本当の自分はもっと優秀なハズだ。もっとできるハズだ。私の実力ならあの程度の高さのリンゴなら頑張ってジャンプすれば届くハズだ。病気さえ治れば!」

そう思って、病気が治るのをただ待っていました。
上を向いて、「理想の自分」というリンゴだけを見据え、無策に飛び跳ねていました。
「現在の自分」には目もくれずに。

 

ブログが、私に「現在の自分」と向き合う機会をくれました。
自分の不足に目を向ける機会をくれました。 

何をどうしたら、「あのリンゴ」に手が届くようになるのか。
今の自分には何が足りないのか。
何が変えられるのか。

……そんな風に考え始めた時、初めて「うつ病と戦ってる」っていう実感を、手応えを、得ました。

今、私はうつ病に苦しめられているだけではない、苦しみながらも戦って、克服しようとしているのだ!」って、感じられたんです。

きっと、今までは戦っていなかった。苦しんでいるだけだった。
15年間、ずっとずっと、苦しめられているだけだった。
だから、こんなに長引いたのかもしれない。
いろいろな治療を試して良くなりかけても、また元に戻ってしまったのかもしれない。
何故なら、私自身が、思考停止に甘んじて、うつ病と戦おうとしていなかったのだから。

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ここまで辿り着くために15年かかったことを後悔しています。
だから、もしも私と同じようなドツボに嵌っている人がいるのなら、お節介かもしれないけれど、自分が気付いたことはできるだけ伝えていきたい。
そう、思っています。

 

 

今の自分を見てあげて。

あなたが現在しんどい状態なのであれば「うつ病と戦え」なんて言いません。
しんどい時は死なないだけで精一杯です。生きてるだけで精一杯です。私だってそうです。

ただ、ちょっと楽になった時に、心が凪いでいる時に、届かないリンゴを目指して飛び跳ねるだけなのか、リンゴを手に入れるために自分と向き合うのか、その違いって結構大きいと思うんです。

かつての私のように、うつ病になる前の自分の姿に囚われて苦しんでいる人がいるなら、簡単なことではないというのは承知の上で、「今の自分を見てあげて」って伝えたいんです。
できない自分を否定して拒絶するんじゃなくて、今の自分にできることを見てほしい。
ある日綺麗さっぱり元通りになることを夢想するんじゃなくて、できることを少しずつ、自分の手で切り拓いて増やしていくようなイメージを持ってほしい。

それは諦めなんかじゃありません。
前に進むための、思考停止からの脱却です。

 

私は今、体調に波はあるけれど、少しずつ回復に向かっている、と思っています。
元気だった頃の自分にはまだまだ程遠い状態です。体力も無いし、不安定です。30歳になったってのに自立もできてないしね。
でも、少しずつ、できることが増えてきています。

長い間、寝っ転がって動画を見ていることしかできなかった人間が、マイペースだけどブログを更新するようになり、時には絵を描いてみるようになり、体調が良い時にはプラバンでアクセサリーを作ることもできるようになったし、気分が良い時には母親の料理を手伝えるようにもなりました。
……ちょっと前までは料理なんて最高にめんどくさくて一生興味なんか持てないと思ってたのに、最近お手伝いできるようになったもんなぁ。進歩だよなぁ。

そうやって、できることが少しずつ増えていくのが、今の私の生き甲斐です。
すごく、「生きてる!!」って気がします。

もちろん、前進だけじゃありません。しょっちゅう後退します。
調子が良い時に調子に乗って羽目を外したらその後何もできないレベルまでガタッと落ちてしまうなんてことが、よくあります。
私もイマイチ学習しない人間なので(苦笑)

心が折れている間は、ゆっくり休みましょう。
休んでいれば、そのうち、また「ちょっと何かやってみようかな」なんて思える時が、来ますから。

「ちょっと何かやってみようかな」って思えた時に、いきなりリンゴに飛びつこうとするんじゃなくて、その前に自分をじっくり分析してみてほしい。リンゴに到達するために何が必要なのか、考えてみてほしい。

月並みな気休めにしか聞こえないかもしれないけれど、……焦らず、一歩ずつ、目指すリンゴに近付いていきましょう。

 

 

最近一年間をちょっと客観的に。

最後に。

最近体調が良くなってきたことに関して、精神面ではここまでに長々と語った通り、ブログの力が大きいです。
ブログじゃなくても、自分の考えを文章にしてみるっていうのは、思考を整理する上でなかなか良い方法だと私は思います。

治療では、処方されている薬がうまく嵌ったらしいです。イフェクサーに加えてリフレックスを飲むようになって、かなり底上げされた感じがあります。
副作用の効果で毎晩ちゃんと夜眠れるようになったのは結構大きいんじゃないかと。リフレックスの眠気ヤバイです。

あと、栄養療法で、約一年かけて、18程度だったフェリチンの値が40を超えるところまで増えました。 「18じゃ少ない!」と言われていたので、良い傾向みたいです。
散々サプリを飲んでも他の数値はあまり変わらないのですが、フェリチンだけは明らかに増えました。

最近一年間で私の身に起こった変化は以上の三点です。
症状も、効果的な治療も、寛解までの過程も十人十色なのがうつ病なので、私個人の例ではあまり参考にはならないと思いますが、客観的なデータということで、書いておきました。

 

うーん……私の話をして誰かの役に立つならいくらでもお話しするんですけれども!
病気の治療ってそういうもんでもありませんし……結局、気持ちの面での話くらいしかできないんですよね。

それでも、もしかしたら誰かの、生きる上での何かのヒントを提供できるかもしれないと願って、私はこれからも文章を綴ります。

少しでも収入があればそれだけ生活が楽になる身の上なので、ブログに広告は設置するし、収益目当ての記事を今後書かないとは断言できませんが、自分の良心が「善い」と感じるブログを、今後もできるだけ長く続けていく所存です。

……まぁ、とりあえずは、二周年を目指しましょうか(笑)
宜しければ、お付き合いくださいませ。