読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

「意識高い系」ってどういう意味?

コラムのようなもの コラムのようなもの-オピニオン

【スポンサーリンク】

こんにちわ、サユです。

 

うつでニートで大学もやめてしまった私のところには、

自分で努力しないと外界の情報が入ってきません。

ですから、今時の流行に疎くなるのも、ある程度は仕方がないのです。

けれど、ネットでブログの記事やら何やらを読んでいる時に、

知らない用語が出現して、そこで理解がストップしてしまうのは困りもの。

私が最近解らなかった言葉に、「意識高い系」というものがあります。

一応、あんまり良い意味で使われてないってことくらいは解りますが、

「意識高い系の発言」という指摘を見かけても、何のこっちゃ…??

なのでございます。

うーん、困った。よく見かける言葉なんだよなぁ。

助けてグーグル先生。

 

 

「意識高い系」とは?

「自分は世間から一目置かれている」とか「さらなる自分磨きに余念がない」といった雰囲気(意識の高さ)を言動の端々に匂わせているが、実際には大した実績や人脈があるわけではなく(全力で実現に取り組んでいるわけでもなく)、単に「周りからデキる奴と見られたい」ための自己アピールに過ぎない、といった傾向が顕著な者を揶揄した言い方。 (weblio辞書より)

一番簡潔にまとまってる気がしたので引用してみました。

要するに、

「自分、デキる奴ですから」っていうアピールがとっても激しい人

という解釈で宜しいのでしょうか…?

2012年に出版された本がきっかけで広まったネットスラング、らしいです。

そんなに前からあったのか…。全く知らなかった。

 

でも、私は、

「意識高い系」という言葉は、

必ずしもweblio辞書に書かれているような使われ方をしていないと思います。

(全力で実現に取り組んでいるわけでもなく)と書いてありますが、

むしろ、

本当に必死になっている人を馬鹿にするために使われている気がするんです。

言葉の意味をあまりよく解ってない状態の私が感じたことなので、

そんなに的外れではないと思うのですが、どうでしょうか。

 

 

「意識高い系」の由来

もともとは就活で、

どうやって自分をアピールするか、どうやって目立つか、

必死になっている姿を揶揄するために使う言葉だったようです。

…と、いうことは、揶揄してる側は少なからず、

必死になってる人たちの姿に嫉妬というか、危機感を覚えていたわけですよね。


「あいつらをそのままにしておいたら自分たちは負ける。なんとかしないと」

 

最初に「意識高い系」という言葉を口にした人は、

そんな風に思っていたのではなかろうか。

 

……あれ?

「意識高い系」って、頑張ってる人のことなんじゃないの?

それって、何が悪いんだろう?

 

自分に対して「意識高い系」と言ってくる相手がいることを嫌がるのなら、

まだ解るんです。

「意識高い系」という言葉を本気でぶつけてくるからには、

相手が自分に対して良い感情を持っていないことは間違いないですから。

けれども、

自分自身が「意識高い系」になることは、避けるべきことなのでしょうか?

 

 

意識が高いのは良いことだ

いろんなことに関心を持って、いろんなことを考えて、

理想を持って、意見を持って、

時には主張して、でもちょっと必死過ぎて空回り気味の人。

それが「意識高い系」が指し示すものだと私は思いました。

だとしたら、「意識高い系」になることは、決して悪いことじゃない。

だって頑張ってるんですもの。

 

もちろん、

他の意見を許容せずに自分の主張を押しつけるような態度をとるのであれば、

当然批判されるでしょう。

けれどもそれは、

意識が高いとか低いとかとは関係の無い部分の問題ですよね?

 

どうして「意識高い系」は嫌われてしまうんだろう。

そう考えた時に、私が思い付いた単語が「暑苦しい」でした。

 

 

「意識高い系」と「暑苦しい」の共通点

「意識高い系」でいるためには、膨大なエネルギーを必要とします。

これは間違いありません。

私はなりたくても「意識高い系」にはなれません。

自分一人が今日一日を生きることで精一杯だからです。

そのくらいのエネルギーしか持ってないからです。

もし、「意識高い系」の人に、そのあふれるエネルギーでぶつかってこられたら、

私なんかすぐにノックアウトされることでしょう(苦笑)

 

情熱にあふれた人や、熱い感情を表に出すタイプの人のことを、

時に「暑苦しい」と形容することがありますが、

同じレベルの熱さを持っていないと、付き合うのに疲れてしまうんです。

時々自分には無いそのエネルギーが羨ましくなったりもするんです。

だから、煙たがる。鬱陶しいと思う。

「意識高い系」も、このパターンに当てはまるんじゃないかと、

だから煙たがられるんじゃないかと、私は思ったわけです。

 

ただ、「暑苦しい」よりも「意識高い系」の方が、

強い敵意がこもっているように聞こえるのは、どうしてなんでしょうね。

 

 

「意識高い系」と言われたら。

私が万が一「意識高い系」と言われるようなことがあったら、

自分が必死になり過ぎていないか、視野が狭くなっていないか、

反省する良い機会だ!と思うことにします。

それから、自分にそんなエネルギーがあることをちょっとだけ喜びたいです。

 

「意識高い系」なのは悪いことじゃない。

「意識高い系」と言われることを恐れて消極的になる人がいるとしたら、

それはもったいないことだと思います。

せっかくエネルギーがあるんだから、使いましょうよ!

 

それでもやっぱり、「意識高い系」は、

口に出した瞬間に相手を馬鹿にする意味の言葉になっちゃうんですよね。

私は「意識高い系」を肯定しますが、

できれば、自分では使いたくない言葉です。

 

あ、でも、カタカナ語をたくさん使うのは勘弁して下さい!

私が理解できないので!!(切実)

 

 

以上、「『意識高い系』ってどういう意味?」というお話でした!