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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

おどりば

学校の先生という仕事の素晴らしさ。

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こんにちわ、サユです。

体調的にブログを書ける波が来ているようなので、今のうちに書いておこう!と、勢いに任せて更新です。

 

 

私の父親は教職に就いています。

もう定年を迎えていますが、再雇用という形で、現役時代と変わらずに働いています(給料は半減になってるけどね!)。

私は教職に就きたいと思ったことはありません。人の前に立つと猛烈に緊張してしまうし、喋ることが圧倒的に苦手だからです。挙動不審に陥ります。絶対無理。

でも、父親が苦労をしながらも誇りを持って働いているのを見て、素直に、先生って素敵な仕事だな、と思っています。

 

先日、その思いを新たにする出来事がありました。

 

 

教え子の成長。

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酔っ払った父親が、立派になった教え子に再会したという話をしてくれました。

 

大学を卒業して教職に就き、定年を過ぎてもまだ「先生」を続けている父親には、かなりの数の教え子がいます。その中には、成功して周りの人に尊敬される地位を確立した人や、ものすごいお金持ちになってリッチな生活をしている人が、少なからずいるんだそうです。

 

かつては自分の生徒だった人が、今は、ただの教師に過ぎない父親よりも、高い地位、高い収入を得ているという事実。

父親は、それを素直に「嬉しい」と思うのだそうです。

羨ましいとか、妬ましいとか、全く思わないんだそうです。

 

「自分の生徒が、自分より立派になったら、嬉しい。教え子が自分を超えていくことが誇らしいと思えるのが、教職の良いところだね」

 

父親はそう言って、とても上機嫌でした。

 

 

学校の先生という仕事の素晴らしさ。

普通は、追い抜かれたら悔しいですよね。

自分より「下」に居た相手が、自分を追い抜いて「上」に行ったら、私は悔しい。

引きずり落としてやろうとまでは思わないけれど、もしかしたら、追い抜いていった相手が、どこかで失敗してコケることを願うくらいのことはしてしまうかもしれない。

 

でも、先生は違う。

自分が関わった生徒が、自分を超えていくことこそが誇りなのだと言う。

勝ち負けとかとは違う次元で、自分を超えていく相手を、全力で応援することができる。嫉妬も羨望もそこには存在しない。

 

やっぱり素敵だな、と思わされました。

「先生」って、人を育てる仕事って、素晴らしい。

あんなにたくさんの「他人」の幸せを願えるって、素晴らしいことだよ。

 

 

そんな父親が誇りです。

私にとって、父親は理想の「先生」です。

まだまだいろんなことを教わりたい。

残念ながら、立場上、父親の生徒になることは叶わなかったけれど。

 

お父さん。

私はあんまり誇れる娘に育たなかったと思うけど、これからなんとか頑張るから、もうちょっと待っててね。