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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

うつ病人、障害年金の使い道を考えるのこと。

うつ病 うつ病-考え方

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指先が黄色と水色に染まっている。この手で食事をするのがためらわれるような人工色だ。油性マーカーの色なのだから当然なのだけれど。

この指でMacのキーボードを叩くのもためらわれる。真っ白なキーボードに濁った染みがついてしまうのではないかと不安になる。
そんなことは無いのだ、もう何度も手を洗ったし、塗れた手を拭いた際にタオルが染まらないことも確認済みだ。

原因はプラバンである。
私はプラバンの着色に油性マーカーを利用している。コピックなんて高等なものではない、普通にどこにでも売っているマッキーだ。極彩色ばかりのたった12色で、どれだけの表現ができるか、試行錯誤している。

着色の際、ガーゼにアルコールを染み込ませてインクを薄めるという作業をしている。ガーゼは薄めたインクを刷って染まる。ガーゼを持っている私の指も染まる。
そういうワケだ。

 

 

「生きて闘病しているから貰えるお金」

私はうつ病の症状がひどいため、2級の障害者手帳を持ち、障害年金を受給している。

私のうつ病の症状は、障害年金受給のハードルが上がっていると言われている中、専門家に依頼することもなくすんなりと受給が許された程度には重症だ。実際に人に会うと「うつ病だとは思えない」と言われることも多いが、正真正銘のうつ病人である。

障害年金の受給が決まった時、母が障害年金のことを「病気と闘っていることに対する報酬」と称した。
たとえ働くことができなくても、病気と闘っている苦しみは評価されて良いのだ、と。
私の中で何かが吹っ切れた瞬間だった。

2級の障害年金は月額約65000円。この中から国民年金を支払っているから実際はもっと少ない。年金を貰いながら年金を払うというのはおかしなことに見えるかもしれないが、いずれ障害者手帳を返上した時に「払ってないから国民年金あげないよ」と言われたら困るのだ。うつ病人だってできれば長生きしたい。

もちろん、これだけでは生活できない。還暦を過ぎても再雇用で現役同様に仕事を続ける父親と、パートで働きながら私の世話を焼いてくれる母親と同居しているから、私は生きることができる。

それでも、自分の生活を支えられなくても、収入があるというのは心強い。これは「私が生きて闘病しているから貰えるお金」なのだ。

うつ病になって良かったなんて死んでも思わないが、少し報われた気がする。

 

 

心を豊かにする安定収入の魔力。

プロブロガーという存在が最近目立っているが、仕事から収入を得て、実益を兼ねた趣味としてブログをやっている人の方が圧倒的に多い。
メインの仕事で生活に必要なお金を稼ぎ、プラスアルファをブログに求めるのがもっとも無難なスタイルだろう。

働けない私にとってのメインは闘病で、プラスアルファがブログ、そして最近始めたプラバン工作だ。
ベーシックインカムとは呼べないけれど、何もしなくても生きてさえいれば障害年金が貰える。この安心感は何とも表現しがたい。
お金の魔力という言葉が脳裏をよぎる。

障害年金が貰えていなかったら、私はブログなんか始めなかっただろうと思う。
もっと趣味の要素をそぎ落とした、収入に直結する作業に時間を割いていたハズだ。
ブログに記事を積み重ねたってそうそうお金にはならない、だったら二束三文でも書いた記事とお金が交換できるクラウドソーシングの方が効率が良いしやりがいもある。

いわんや、プラバンをや。
販売できるレベルの作品を目指したいとは思っているけれど、道程は遥か遠い。ブログと違って材料費(比較的安価ではあるけれども)が必要なプラバンは、当面は支出にしかならない。

一作業終えてひどい色になった間抜けな指先を見た時、唐突に障害年金の存在を感じてしまったのだ。
安定した収入があるというのは、かくも有り難きことかな、と。

 

 

うつ病人、障害年金の使い道を考えるのこと。

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(テレビが選挙特番で暇だったからいつもより丁寧にお絵かき←)

 

現状の年金がいつまで貰えるか判らない。
でも、今の私が生きることを楽しめるのは、障害年金の受給を許されているからだ。私の窮状を訴えるために面倒な書類を書いてくれた母親と主治医のお陰だ。

うつ病になって良かったなんて死んでも思わない。
私だって健康な人みたいに大学卒業して社畜になって仕事に文句言いながら休暇を有り難いと思いたかった。

それでも、私は恵まれている。

 

うつ病は、障害ではない。病気だ。ある程度までは治るものだ。そう信じている。

障害年金を貰うからには、ちゃんと闘病しようと思うのだ。だから、自分の医療費及び通院にかかる費用は全て自分の収入(つまり障害年金だ)から出している(栄養療法のサプリは高過ぎて払えないので親に甘えているけれど)。

障害年金を貰わなくても生きていける自分を目指したいのだ。
貰った年金はそのために使いたい。ただ消費するのではなく、自分を上に引っ張り上げてくれる「何か」の為に使いたい。

今のところ、その「何か」はブログとプラバンの姿をしている。
どこまで上に行けるのかは判らないけれど。

 

Macのキーボードの上に置かれた自分の指はひときわ汚く見える。
気楽に見えるかもしれないけれど、いろいろ考えて、頑張っているのだ、こう見えても。