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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

「生きてていいのかな?」って思ってしまうんだ。

コラムのようなもの コラムのようなもの-ネガティブ

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こんにちわ、サユです。

今回は暗いだけの話題。自分の力では生きていけない弱者の独り言。

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日本の経済はヤバイ

正直、詳しいことはよくわからないけれど、莫大な赤字を背負った国の財政がヤバくないワケがないってことくらいは私にでも解る。

少し前に、こんな記事を読んだ。

www.newsweekjapan.jp

財政がヤバくなったイギリスの現状だ。本気で財政をなんとかしようとすると、こうなるらしい。

 

 

泳げず、競争できず、ペースについていけない者は沈んでゆくしかない。

財政赤字を本気で削減しようとすると、まず弱者への支援が削られる。
弱者は少数派だ。全体に危機が迫った時、多数派のために切り捨てられる存在だ。人道について考えなければ、それは正しい選択だろう。

恵まれない者を救っているのは恵まれた者の慈悲であり、温情である。自分に余裕が無くなれば他人に情けなどかけてはいられない。

私は弱者だ。

生まれながらの障害こそ無いものの、うつ病で早々と人生から落伍した。
薬を服用し、自立支援医療制度を利用し、障害者手帳を所持し、障害年金を受給している。
もうすぐ30歳になる。同年代の健康な人々は今が働き盛りだ。
ささやかな抵抗として国民年金を納め続けているが、もちろん受給している障害年金の額の方が高い。

つまり私は、働き盛りの人々の慈悲で現在の生活を保っている。

イギリスのニュースを見て、日本もいずれこうなるのだろう、と思った。
もちろん、イギリスと日本では異なることが多いだろうし、私が経済や社会保障について詳しいわけでもない。
しかし、多数決で物事が決まるという点は共通だ。

政治はまず多数派のために行われる。
その上で余裕があれば少数派に温情が向けられる。
今の日本にはその「余裕」がほとんど無い。

 

 

生きてていいのかな?って思ってしまうんだ。

先日、参議院選挙があった。結果はご存知の通りだ。

私のTwitterには、今後与党が社会保障をどれだけ削ろうとしているか、どれだけ弱者を切り捨てようとしているかについてのツイートが何度か流れてきた。

おそらく与党を批判する意図を持ったツイートなのだと思うが、別に政権を担うのが今の与党じゃなくても最終的に辿り着くところは同じだと私は考えている。
経済がヤバくなったら、弱者は切り捨てられるのだ。
毎年、ワケのわからない規模で赤字が増えていく日本の経済状況が、ヤバくないハズがない。

消費増税は見送られた。その政策は支持された。
増税したからってその中のどれほどが社会保障に回されるかわかったものじゃないけれど、みんなが「消費増税するな!」と言うってことは、それだけみんなに余裕が無いってことなのだ。弱者への慈悲なんて期待できない。

冒頭のイギリスの記事では、支援を受けられない障害者の自殺が問題になっている。
障害を抱えて生きるだけだって相当大変なのに、その上生きていけないほどの貧困状態に陥ったら、死んでしまいたい気持ちも解る。

「私は生きてていいのかな?」

自分が普通の社会人として生きられないことを理解して以来、事あるごとに脳裏にひらめく問いだ。

うつ病という、「障害」と呼ぶにはどこか中途半端な病気。
でも、一人では生きていけない自分。
恵まれた人達の慈悲に縋らないと生きていけない自分。
情けない。忸怩たる思いだ。

うつ病は苦しい。
苦しいのに、見捨てられる。
だったらいっそ消えてしまった方が世のため人のため自分のため。
ひどく冷静な頭でそう考えてしまう。

今はまだ、生きている。
いつか切り捨てられる未来のことは考えず、目の前の楽しいことや小さな幸せを追いかけて日々をなんとか生きている。

もしいつか、うつ病を抱えたまま生活ができなくなってしまう日が来たら、ひっそりと消えてしまいたいと願う。
もちろん、そうならないように全力を尽くさなくてはならない。
でも、どうにもならないことだってある。

国連が人権侵害で調査を始めたというイギリスの事例は、私にとって他人事ではないのだ。

 

私は生きていたい。だって、やりたいことがたくさんあるんだ。
けれど、自分の力じゃ生きていけない。矛盾している。
「私は生きてていいのかな?」という問いが消えることはない。

どうしたら良いかなんてわからないし、批判できるような立場でもない。悲嘆にくれていたら本当に死んでしまうから必死に目の前だけを見る。こんな私には、ヤバイ状態の日本の経済が崩れてしまわないよう願うことしかできない。

慈悲に縋って、今日も生きている。