読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

何も作らない「作り手志望」が格好悪くて仕方がない。

コラムのようなもの コラムのようなもの-ネガティブ

【スポンサーリンク】

こんにちわ、サユです。
タイトルの「何も作らない『作り手志望』」というのは他でもない、私のことです。
自分の考え方がすごく格好悪いと思ったので、記事にして残しておきます。
反省と自戒を込めて。

 

うつ病で無職な私の夢は、自分で作った物を売って生活を成り立たせることです。
「自分で作ったもの」はイラストでも文章でも構わないのだけれど、今は、プラバンで雑貨やアクセサリーを作って販売することを目指しています。
(参考記事:【プラバン】タミヤのプラバンでヒマワリ作ってみた! 

だがしかし。
最近あまりプラバン工作に取り組めていません。

他の全く収入には繋がらない趣味に熱中したり、体調が悪かったりが原因なのですが、ちょっとだけ「やろうかな」と思っても、プラバン作品の完成までの工程の多さを考えると、ついやる気が萎んでしまうのです。

この現象を「お前、そんなにプラバンが好きじゃないんじゃない?」と言われれば、まぁ、そうなのでしょう。
プラバンは、うつ病のしんどさを乗り越えられるほど興奮できる趣味ではないようです(うつ病のしんどさを跳ね除けるほどの趣味を私は知りませんけれども!)。

でも、プラバン作りができない間も、TwitterInstagramで他の人のプラバン作品やハンドメイドアクセサリーを見て心癒されていたので、好きは好きなのですよ。
ちょっと今は、作るための気力を用意するのが難しいだけで。

そんな感じでグダグダ何も作らずにいるうちに、問題が発生しました。

他の人の作品の写真を見て、「このくらいなら自分にもできるかな」「この程度でも売れるんだな」……なんて、思っている自分に気付いてしまったのです。

これは格好悪い!
ダサいぞ、自分!!

 

 

自分で作ってからアレコレ言いなさい。

f:id:SayuLog:20160923210113j:plain

ケチ付けるなら自分で作れよ

賛否両論あるこの言い回しですが、今の私に関しては全くその通りです。返す言葉もありません。
他人の作品を上から目線で評価したいなら、自分で作ってどれほどのものができるのかやってみやがれ、ってんだ。

頭の中で理想の作品をイメージするのは簡単です。
でも、それが実際に作れるかどうかは別の話。

完成品の粗探しをするのは簡単です。
でも、仮にもある程度プラバンを触ったことがあって、どれだけ手間がかかるか、どれだけ思い通りにならないかを知っている人間である私が、自分で作りもしないで作品にケチ付けるなんて、やっぱりダサい!

改めて振り返ってみれば、昔から、私にはこういうところがありました。
完成品を見て、その製作工程を理解したら「これなら自分でもできるわ」って思って、それだけ。実際に作ろうとしない。
それどころか、「自分ならもっとここを良くできる」とか思ってしまう。作ってもいないのに。

この思い上がりをなんと形容したら良いのでしょう。
実験なんかしなくても教科書で読めば全てを理解したつもりになってしまうような愚かさを。

何も知らないからそんな風に思い上がれるのです。
何も知らないから作品を作る苦労には全く目を向けないで、粗探しばかりが先に出てしまうのです。

作品にお金を払う立場であれば、別に粗探ししたって構わないでしょう。
買ったものが金額に見合わないと思えば不満も出るでしょう。
欲しいのは良い作品なのだから、作る過程について無知だったとしても問題は無い。
そりゃあもちろん、過程について知っていた方が作品を楽しめるでしょうけれども。

でも、私は「作り手」になりたいのです。
作り手になりたい人間が、自分で作品を作ることもせず、他人の作品を上から目線で批評する。
そんなに恥ずかしいことはないと、思うのです。

くっ…、よくも今まで自覚しないでこれたものだ…!!(撃沈)

 

 

「作り手志望」とか言ってないで、作れよ、って話。

「接着剤がはみ出しているのが気になる」
作ってみれば、はみ出さずに接着するのがどんなに大変なことか判るよ。

「線が雑に見える」
作ってみれば、決して雑に線を引いているワケじゃないんだって納得するよ。

「簡単そう」
作ってから言いなさい。

「私でもこのくらいならできる」
だから、作ってから言いなさい!仮にも作り手志望ならば!!

ブログを始めた時も、そうでした。
人気のブログを見て、「このくらいの文章なら、自分にだって書けるぞ」なんて、どこかで思ってました。

もちろん、実際に記事を書くようになって、そんな簡単なもんじゃない、って思い知りました。今はただ自分の文章の力不足が歯痒くて、他の人の文章を批評する余裕なんかありません。

例えばやりたい「何か」があって、でもまだ自分は行動を起こしていなくて。
自分より先に「何か」を始めた他の人がいたとして。
その人に対して、「自分だったらもっと上手くやるのになぁ」という見下した見方をするのは、すごく格好悪いことだと思う。
口だけ、ってやつ。

そりゃあ、自分より先に行動を起こした人の姿から「自分はこうならないようにしよう」って学べることはあると思うけれど、同じ行動を起こした相手と、起こしてない自分だったら、絶対に自分の方が下です。どうやったら見下すことができるっていうのか。

観客で終わりたくないなら、いつまでも舞台の下から「いつか自分も舞台に上がるから参考にするんだ」って言いながら見物してないで、さっさと同じ舞台に上がった方が良い。
そこで初めて判るもの、見える景色があるハズなんだから。

私はプラバン工作において、観客に甘んじるつもりは無いのです、今のところ。
だってプラバン好きだもん。
うつ病のしんどさには負けるけど、作るの楽しいもん。

とにかく、体調を戻さなくちゃ、ですね。
作りもしないで他の人の作品ばっかり見てるから批評家みたいなこと考えちゃうんだよなぁ。

 

 

格好悪いぞ、自分。

プラバンで、次に何を作ろうか頭の中で考えている時間が好きです。
実際に作ってみると、当たり前だけど頭の中で考えた通りになんかできなくて、試行錯誤を繰り返してどこかで妥協することになるのだけれども、頭の中で想像する作品はパーフェクトな仕上がりです。

嗚呼、そのパーフェクトな妄想を基準に、他の人の作品を評価することの滑稽さよ、愚かさよ。
格好悪いぞ、自分!!

大反省会開催中の本日なのでありました。