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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

今後の自分のブログの方針について、しっかり考えねばならない時が来たようです。

その他 その他-分類不可

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こんにちわ、サユです。
うつ病歴15年の無職独身女です。
体調が良い時は身体を起こして遊んだりクラウドソーシングに挑戦したりできますが、体調が悪い時は布団の上で潰れたカエルのようになっています。
そんな感じで今日も生きています。
いつも通りだね!!

 

どん底は抜けたものの、普通の生活は送れない。
私の体調がそんな感じで安定してしまってから、もう何年も経ちました。
大学に通っている時も、帰宅したら横になってそのまま他のことは何もできないのが当たり前だったので、……もう、5年くらいは体調が現状を維持し続けていることになるでしょうか。

どん底ではない、寛解には程遠い。
そんな状態が長く続くと、どうしても浮かんでしまう考えがあります。

「もう、一生このままなんじゃないだろうか」
「これ以上良くならないんじゃないだろうか」

仮に「一生このままだ」と宣告されてしまったら、それはそれで受け入れて、なんとか生きていくだろうと思うのです。
でも、うつ病は治療法のある病気である、とされています。
薬の効かないうつ病がある、なんていう噂も聞くけれど、うつ病を「治らない障害だから諦めなさい」という医師はいないでしょう。

今より良くなる、必ず良くなってやる。
そういう希望があるから、私は将来に夢を見ます。

 

でも、その細い糸のような希望にすがって生きる日々に虚しさを覚えて、うずくまってしまうことだってあります。

「まるで生殺しだ」と。
「こんな生き地獄を味わうくらいなら、何故死に至る病を与えてくれなかったのか」と。

死にたいワケじゃないけど、生きているのがとてもツラくなることがあります。

将来を考えるとそれこそ暗鬱とした気持ちになるから、今だけを見て、今を生きるべき。
そうは思っても、体調が悪くてしんどくて潰れている時なんて何もできないから苦しくて暇なワケで、そんな状態で考えるのはやっぱり暗い未来のことばかり。
流石に、しんどい。

 

何故唐突に私がここまで落ち込んだかというと、原因は何となくわかっているんです。
焦りと、自分がブログで何をやりたいのかを見失ったこと。

「自分と同じことを自分よりも上手にやってくれる人がいるならば、自分がそれをやる必要は無い」

この思考が認知の歪みなのか、正常な頭で考えた結果なのか、今の私には判じかねますが、……とにかく、自分では太刀打ちできないレベルのメンヘラ向けメディアの存在を知って、しかもそれが密かに「おどりば」の最終形態(?)として思い描いていた形そのものだったので、私は「おどりば」の価値を見失ってしまった状態にあります。

このブログを続けて、一体私は何がしたいのか。
私がこれまでにやりたいと思ったようなことは他の大きなメディアがやってくれる、だったら私は何をしたら良いんだろうか。
何を目指してブログを続けたら良いんだろうか。

糸が切れたというか、心が折れたというか、そんな感じ。

結局のところ私はブログを書くのが好きなので、ブログをやめることはないと思うのですが、目標を見失ったという戸惑いからはしばらく抜け出せそうにありません。

何か、見つけないと。
自分ができること。自分だからできること。「おどりば」だからできること。
できれば、「こういうことができるんだから、私は生きてて良いんだ」と思えるようなこと。
生きるための、心の支えになるようなこと。

でも、私にできることはブログくらいしかなくて。
他のことを頑張れる元気なんてたまにしか湧かなくて。
だったら、ブログで何ができるのか、考え直さなきゃならない。

それで、焦ってます。

生き甲斐を一つの事柄に依存しすぎると、その一つが揺らいだ時にひどく動揺する羽目になりますね。
わかっていたことではあるのですけれども。

 

「このまま終わってたまるか」

大学に入るために7浪している時、繰り返し呟いていた言葉です。
病気も、ブログも、もっと良くしたい。
病気を直して、ブログをもっと読まれるようにして、今は暗いばかりの将来を少しでも明るくしたい(主に収入的な意味で!)。

まだ終わるつもりはないので、少しばかり(恐らく数日単位ですが)ブログから離れて、心を落ち着けて、自分に何ができるのか考えてみたいと思います。

疲れた時は休憩だよ!!