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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

おどりば

少しだけ目線を上げて人生を生きることができたなら。

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こんにちわ、サユです。

2日間ばかり、とても体調の良い日が続きました。
個人的に、突然一時的に体調が良くなることを「フィーバーモード」と呼んでいるのですが、1ヶ月に一回くらいこういうことがあるんです。
やりたいことがあって、その「やりたいこと」に一日中没頭できる状態。

「興味関心が無い」「やる気が出ない」「身体がだるい」の三つのハードルを超えたところにある奇跡が、フィーバーモードです。

……うん、知ってる。
健康な人ならこれが「普通」なんだってことくらい知ってる。
つまり、うつ病をぶっ倒して健康になったら常時フィーバーモードなワケだ。
夢みたいだなぁ!!

 

 

フィーバーモード→夜更かし→大惨事。

さて。 私はうつ病患者なので、フィーバーモードは長くは続きません。
長くて二日。大抵は一日で終わります。

寝て起きたら、きっと終わってしまう。
フィーバーモードに入った状態で迎える夜というのは、なんともツライものです。夢の終わりに立っているような気分になります。

以前は、フィーバーモードが寝てる間に終わってしまうことを嫌がって、夜更かししたり徹夜したりしていました。
力尽きて眠る分には諦めもつくけれど、せっかく活動できる時間を寝て潰すなんてもったいない!!ってね。

でも、そんなことをしたら、どうなるか。
言うまでもないですよね。
生活のリズムは乱れ、昼間は眠いのに夜は全然眠れないという昼夜逆転の大惨事。
そんなんで体調が良くなるワケがあろうか?いやない!(反語)

それでもフィーバーモードがもったいなくて、少しでも長くフィーバーモードを味わっていたかった私は、「大事なのは今!今楽しいのが大事なんだ!!先のことなんか知らんよ!!」ってことにして、「フィーバーモードの後は体調が劇的に悪化する」というパターンを甘受していました。

我ながら言い訳じみていますが、明日の体調がわからない人間にとっては、元気でいられる時間を大事にするなっていう方が難しいのです。貴重なのです。

 

 

うつ病患者はトータルで考えることを覚えた!

久々にやってきた今回のフィーバーモード。
何故フィーバーモードが始まったのか、理由はいつも通りよくわかりませんでしたが、いつもと違ったことが一つだけ。 

夜、すなわち「夢の終わり」に、私はおとなしく睡眠薬を飲んで布団に入りました。自ら積極的に夢を終わらせることを選びました。 

全ては!トータルで体調をプラス方向に動かすため!!

ここで無理をしたら、必ずまた体調がガタ落ちする。
ガタ落ちしたら、しばらくは元の高さには戻ってこれない。
長い目で見たら、うつの治りを遅らせる結果になる。
だから!!
我慢!!

かくして迎えた朝。
身体の重さと浮き立つ兆しの無い気持ちが語ります、「フィーバーモードは終わったよ」と。

もし、昨晩夜更かししていたら、きっとかなりの量の作業ができたと思うのです。
けれども、私はいつも通りの時間に就寝することを選びました。
そしてやっぱり、朝になったらフィーバーモードは終わっていました。
残念に思わなかったと言ったら嘘です。

だがしかし。
作業はできなかったけれど、フィーバーモード終了後とは思えないほど、今の私の体調は落ち着いています。いつもみたいにガタ落ちするのではなく、フィーバーモードの前の状態まで戻ってきた感じ。
それはそれで悪くない。
いや、悪くないどころか、ガタ落ちして苦しまなくて済む分、プラスなんじゃないの?なんて。
思ってます。

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フィーバーモードの夜はこんな感じでした。
睡眠薬なかったら寝られませんわ。

 

 

今を生きること、ちょっとだけ先を見ること。

今を生きること。
過去のことも未来のこともひとまず棚上げして、ひたすらに今現在を生きること。

それが、私が心掛けている「生き方」です。

今の私の体調のままで将来のことなんか考えても良いことなんか思い浮かばないし、過去のことを振り返ったら後悔ばかりに決まってる。
だから、「今」をよりよく生きることを常に考えていきたい。

でも、ちょっとだけ。
今のためではなく、ちょっとだけ未来の自分のために、トータルでプラスになることを考えてみる。
今だけを切り取ってみたら損だと思えるかもしれないけれど、トータルで考えてプラスだと思えるならば、今だけの損を受け入れる勇気を持ってみる。
そんな余裕ができてきました。

当たり前の話だと思われるかもしれませんが、「今」を必死に生きる人間にはそんな当たり前のことができないのです。
遥か遠い現実離れした未来を夢想することはできても、今の自分の足元から繋がった先にある未来について考えるのは難しいことなのです。

今だけを生きる日々に余裕ができたなら、その余裕を使って少しだけ目線を上げてみる。少し未来の方まで視野を広げてみる。
余裕さえあれば別に難しいことじゃありません。
「使ったハサミは面倒だけど元の場所に片付ける」とか、「どうせ買うならできるだけ安く売っている店を探す」とか、そんなのと同じレベルの話です。

もちろん一番大事なのは「今」だけれど、やがて「今」になる時間のために手を回しておけば、近々「今」よりもっと良い「今」がやってくる。
それってちょっと、良いことなんじゃないの?

フィーバーモード終了を実感した朝、そんな「ちょっとだけ先」を視野に入れた行動ができた自分に、心地よい満足感を覚えた私なのでありました。

 

それにしても。
自分が毎日フィーバーモードでいられたら、って考えると、恐ろしささえ感じます。
例えばフィーバーモードが三日続いたら、それだけで私は体力が尽きるんじゃないかと。
思うんだ。
……健康な人ってすげぇなぁ(笑)