おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

小さな親切大きなお世話、になることもある。人間だもの。

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こんにちわ、サユです。
またしても文章記事です。
いや、文章記事というか……今回の記事は、完全に自分のための記事というか、ここ数日の自分の気持ちの整理を付けるために書いているものなので、なんかゴチャゴチャしていると思います。

どうぞ、気分を害さない程度にお読みくださいませ。

 

なんだか悶々としていました。

親切のつもりの行動だったのに、相手を傷付けてしまいました。
私は相手を傷付けたということがとてもとてもショックで、そのことが気になり過ぎて精神的に不安定になったりしていました。
うーん、弱々ですね。

ブログなんていう、ささやかではあるけれども発信する立場をやっているからには、私の言葉で傷付く人だってどこかにいると思うんです。
何気ない言葉に、発した本人も気付かないトゲが潜んでいて、そのトゲが誰かを予想外に傷付けることはいつだって有り得ます。
その可能性を全く無自覚だとしたら、それはそれで発信者としてどうなのかとも思いますが、その予測不可能な可能性を恐れてしまったら発信はできません。
いや、発信どころか、普段の生活で自分の意見を言うことすら躊躇うことになるかも。

昔の私がそんな感じでした。
何を言っていいのか、何が余計なことなのか、必死に考えて、考えた結果、何も言えなくなって。
厳しめの家庭で躾けられ、自分の感情に任せてぽんぽんと言葉を出すのはいけないことだと思って成長したお陰で、今でも私は口下手です。
喋る時に安全弁みたいなものが稼働して、思ったことがなかなか口から出ないようになっています。

今の私と昔の私が違うのは、言いたいことを文字で表現する場を持っているか否かという点。
文章に関しては、安全弁は働きません。思うまま、感情のままに書き殴ることができます。
それでももちろん、ネットの海に全体公開されるものですから、誰かの気分を害する可能性がある言い回しはできる限り避けるようにしていますけれども。

 

基本的に迂闊な人間です。

さて。
「余計なことは言わない」を徹底していても、ポロっと余計なことを言ってしまって、父親からこっぴどく叱られるということが、子供の頃の私には何度もありました。

結局「余計なことは言わない」の徹底は、私の能力では不可能だったんです。
基本的に迂闊な人間ですから(開き直り)

努力はしたけれど、それでも口が滑る時は滑ってしまって、叱られて、自責の念で悶絶して……安全弁が働いている時でさえそんな調子なのですから、安全弁が無い場合にどうなるのかは、お察しください。

率直に言って、数限りなくやらかしてます。
とりわけ、その場の勢いで投稿しがちなTwitterでやらかしまくってます。

一応、どうしようもない発言は時々消してます。
消したって大抵手遅れなんだけど。

今回も、やらかしました。
全くの無意識でした。
でも、相手にとっては気に障る言葉の選び方になってしまっていました。
一言多かったってヤツです。

 

傷付けて、傷付けられて、傷付いて。

「傷付いた」と言われて、私はまず自分を責めました。
次に、「その程度のことで傷付くなよ!」と、相手に対して憤りを覚えました。
「こんなことで傷付く人がいるんじゃ、私は何も言えなくなってしまう!」ってね。

でも、私のTwitterを見てくれている人なんて、大半がブログの読者さんだと思います。
私のブログに辿り着く人は、精神的に疲弊して、弱ってる場合が少なくないハズ。
そういう人が、ほんの小さなトゲでも大怪我を負ってしまいがちであることは、私も知っています。経験がありますからね。

「その程度で傷付く方が悪い」と言ってしまえたら、楽です。
でも、それって、私の大嫌いな炎上ブロガーなんかと同じ考え方じゃないかと思えるんです。
それは困る。すごく困る。一緒にされたくない。

「まさか傷付くとは思わなかった、でも傷付けたなら私が悪い」

自分の中の「そんなんで傷付くと思わないじゃん!私悪くないよ!」という声を殺処分して、自分が悪かったことにするのが一番「正しい」と思いました。
「正しい」けど、……しんどいです。
自分の素直な気持ちを殺すのは、しんどいものです。

 

小さな親切大きなお世話、になることもある。

今回、私はちょっとした親切心から余計なことを言ってしまいました。

「自分の殺処分」というしんどい事態を今後起こさないためにどうしたら良いのかと考えました。
一番簡単なのは、「親切心」を捨てることです。
誰かのために言葉を紡ぐことを最初から諦めることです。
それが一番簡単だし、唯一の手段であるようにも思えます。

でも、それで良いんだろうか?とも思います。
なんだかブログをやる理由まで捨ててしまうことになりそうな気がして。

多分、いろいろとタイミングが悪かったんです。
ここ数日の気温の上がり下がりに影響されて、私自身も体調が悪く、弱っていました。
傷付けた側の私も、ダメージを受けやすい状態でした。
だからこんなにも「傷付けた」ことを引きずって悶々としてしまったんだと思います。
元気な時ならこうはならなかったハズ。

弱っている時はカラにこもるのが一番なんです。
カラにこもって、何も見ないで、何も聞かないで、何も言わないようにするべきだ、って、普段から思っているんです。
そうすれば、周りがどうなっても、自分の心だけは傷付けずに守ることができますから。

弱ってる時くらい自衛に専念したっていいでしょう。
自分の心って究極的には自分にしか守れないものだと、私は思ってます。

親切のつもりで言った言葉に「傷付いた」と言われたことによって、私も傷付きました。
その程度で傷付くような状態であるのなら、他人に親切にしている場合なんかじゃなかったんです。
傷付けたのが悪いというよりは、そもそも、私が弱っている自分に気付かずに余計な気を回したのが良くなかったのだ、と。

そこまで考えて、やっと自分の「私悪くないもん!」と「傷付けた私が悪い」の折り合いを付けることができました。

 

さらにそれ以前の問題がありました。

そんなこんなで、納得できるまでに丸一日。
本当はもっと早く解決できていたハズなんです。

……実は今朝、うつ病の薬を飲み忘れたみたいでして(苦笑)

なんかイライラして、八つ当たりしたくなって、うがーっ!!って誰もいない家で一人吠えてみたりして、これは流石に何かおかしいだろうと考えてみたら、今朝薬飲んでないじゃん!っていう。
これは私が悪い。全面的に悪い。

薬を飲んで数時間。かなり落ち着いてきました。
みなさん、薬はちゃんと飲みましょう(※という話がしたかったワケではない)

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近所の公園の、しだれ桜(かな?)が咲いていました。
ソメイヨシノはまだだけど、早咲きのやつは結構咲いていますね。
春が来てますよー。

早く暖かい日が続くようになってほしいですね。