おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

数字に殺されかけた話。体調不良と歪んだ世界。

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こんにちわ、サユです。
まともに文章を書くのはちょっと久しぶりです!
そろそろ文章を書かないと、書く感覚をすっかり忘れてしまいそうな気がしたので、リハビリ代わりに体調不良期間の話を書いてみます。

 

絶不調がやってきた。

数日前、最高レベルの不調が私を襲いました。
私の不調は大抵の場合、身体症状が先に現れます。本人が不調に気付くより先に、物言わぬ身体が異常を察知して、重くだるくなります。

身体の重さがピークに達すると、私は二足歩行ができなくなります。
両脚が義足のように力が入らなくなり、まるで鉛の重りを取り付けられたかのようになります。
立ち上がっても気を抜けば膝が折れるし、歩こうとすれば足が持ち上がらず、なかなか前に進めない。
そういう時の私の様子には「よちよち歩き」という形容がぴったり嵌るように思います。

【関連記事】
身体が重くて動けない!新型うつ病の症状・鉛様麻痺について。

 

精神的にもおかしくなってきた。

身体が不調を訴えてから、遅れること半日。
精神面に異常が出始めました。

久々に「認知の歪み」に襲われました。
……いや、個人的には「認知の歪み」よりももっと重症な、むしろ「発狂」に近い状態だったのではないかと思っているのですが、私の知っている「認知の歪み」のパターンに当て嵌まる現象ではあったので、とりあえず「認知の歪み」と呼んでおくことにします。

以前に「頑張れは凶器だ」という記事で、「頑張れ」という言葉だけが前後の文脈と関係無く飛び込んできて苦しい思いをした、という話をしました。

今回の症状は、その時とちょっと似ていました。
違ったのは、私の目に飛び込んできて、頭の中で暴れまわって、私のメンタルを崖っぷちに追い詰めたのが「言葉」ではなく、「数字」だったということです。

私は、数字に殺されかけました。

……何を言っているか解らないと思いますが、まぁ、とあるうつ病患者の異常状態体験談ということで、良かったら聞いてくださいな。

【関連記事】
うつ病患者への「がんばれ」はやっぱり凶器だ!現役うつ病患者の意見。

 

数字に殺されかけました。

普通に生きているだけでも、身の回りにはたくさんの「数字」があります。

例えば、私が常用しているTwitterのフォロワー数。
私は断じて有名人でもインフルエンサーでもありませんから、「まぁこのくらいフォロワーがいれば良くやってる方なんじゃないのかな」と、普段はそう思っています。

私よりフォロワーが多い人なんて星の数ほどいるワケで、でもそれは当たり前のことです。
何の地位も実績も無い私が、しかもフォロワーを増やすための努力を一切していないのですから、誰かとフォロワーの数を競いたいならアカウント作るところからやり直せっつー話。張り合うこと自体が間違っています。

ところが、問題の「認知の歪み」発動時の私がTwitterを眺めたところ、いろんなアカウントのフォロワー数しか目に入らなくなっていたんです。
そんな体調の時にTwitterを見るなって話ですけどね。その点は反省しました。
ツイートの内容とか、アカウントの素性とかそんなのはどうでも良くて、とにかくフォロワー数しか見えませんでした。

もしも漫画だったなら、私の視野には間違いなくフォロワー数を中心とした集中線が引かれていたことでしょう。

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そして、自分よりフォロワーが多いアカウントを見ると、「ああ、自分はもう死んだ方がいい」という考えが反射的に脳裏に浮かぶんです。

「他人のフォロワー数が多いから死ななければならない」なんて、ワケが解りませんよね。今の私にも解りません。
けれども、その考えは漠然としたものではなく、明確でクリアで、一歩間違えれば実行に移しかねないような、「命令」でした。

他にも、
ブログのアクセス数が昨日より下がった時、
アドセンスの収益が昨日より低かった時、
ブログの読者数を他の人と比較した時、
ブックマーク数を比較した時、
カレンダーの日付が昨日より一日進んだ時、
同い年の人の活躍を見た時、
自分より若い人の存在を目にした時、
などなど。

自分の周りにある「数字」が、何かと比較して「悪い」と感じた時、私の脳は全ての思考を放棄して「死ね」という強い指令を出すようになっていました。

この「死ね」という指令に逆らうのはとても苦しくて、例えるならば食欲に逆らい続けるようなものでした。
逆に、指令を「正しい」と思うことはとても楽でした。
正直なところ、もしもあと一日この状態が長引いていたら生きていられた自信は無いし、よくこの状態から抜け出すまで生き延びていられたものだと我ながら思っています。

そのくらい、「死」が間近にありました。

ブログで散々「生きます」って宣言しているのにね。
うっかり大嘘つきになるところでした。

 

世界が歪むことがある。

この異常な状態から抜け出した時、つまり正気に戻った時、世界がグニャッと歪んだのがはっきり見えました。
……違いますね。歪んでいたのが、元に戻ったのでしょう。

うつ病が原因で死ぬ人はいない、と言います。
確かに、うつ病は直接命には関わりません。どんなにしんどくても、うつ病が原因で心臓が止まったり、うつ病が原因で手足が腐ったりすることはありません。

でも、私が見た「歪んだ世界」がうつ病に因るものであるならば、うつ病は間違いなく「人を殺す病」です。
あんな中に置かれたら、気が狂いますよ、一歩間違えたら死にますよ、本当に。

 

「認知の歪み」っていうのは思考回路に寄生するブラックボックスで、こいつに寄生された状態で思考すると、どんな原因からでも「自分はもうダメだ」とか「自分が悪い」とか「死のう」といった結論が導き出されてしまうのだ、……というのが、私の持っているイメージです。

父親が怒っている→私が悪いに違いない」とか。
「〇〇が無くなった→持ち物管理できない自分はクズだ」とか。
「電車が止まった→私の普段の行いが悪いからバチが当たったのだ」とか。

今回は、何が起こっても「じゃあ私は死ね」という結論を出すブラックボックスに寄生されたのだろうと、思っています。

とりあえず、生きててよかった。

 

ぼちぼちやっていきましょう。

ここしばらくいろいろありましたが、懲りずに、へこたれずに、図々しく、謙虚に、マイペースに、自分を大切に、なんとかやっていきたいと思います。
ブログに書きたいなぁと思っている話もいくつか貯まっているので、体調と相談しつつ更新していきます。

応援のメッセージも、批判のメッセージも、いつでも受け付けております。
なかなか全てに返信できていませんが、しっかり読ませていただいております。

私は社会に出たことがないし、家族以外と接することがほとんど無い生活を送っているので、視野が狭かったり、考え方が偏っている可能性が大いにあります。
私が正しいと思って言っていることが間違っていないという保証はありません。

私のことをうつ病患者の代表だなんて思わずに、「こんな人もいるんだなー」程度に、話半分で聞いていただけたら、嬉しいです。

もし良かったら、またお付き合いください。