おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

うつ病は「完治する」のか? とある患者の考え。

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こんにちわ、サユです。
暑くなってきましたねー。
最近朝起きると10:30とか11:30とかなのですが、目が覚めた時点で既に暑いのに昼間に向かってさらに暑くなるので全体的にやる気が削がれております。
寒過ぎて冬眠するなら暑過ぎて夏眠するのもありだと思う(?)

先日、「うつ病は完治しない病なのではないか?」という問いを投げかけている記事を見掛けました。
うつ病になった人のパフォーマンスは、決してうつ病になる前の状態に戻ることはないのではないか、と。

うつ病患者の一人として、うつ病が治るかどうかについてはそれなりに考えたことがあるので、ちょっと書いてみたいと思います。
いつも通り、とあるうつ病患者の一意見として、話半分で聞いて頂けると嬉しいです。

 

うつ病を完治させた人を知らない。

私には「うつ病を克服した」知り合いがいません。
私自身は、一度は「寛解」という診断を貰いましたが、私に寛解を告げた医師は私の身体症状に無頓着でした。
「こんなに身体が重くて怠いのに何が『寛解』だよ」と心の中で吐き捨てたのを覚えています。

うつ病を克服した」と語っている人をインターネットで目にしたことはあります。
けれど、「私はこうやってうつ病を克服しました!」という話を読んでいくと、大抵何かしらの治療法を売りつけようとする話へと展開していくので、「うつ病を克服した」という話自体が疑わしいことが多いです。
……インターネットには金儲け目当ての作り話がいくらでもありますからね。 ランキング形式で商品を紹介している記事を見ると、ついつい「報酬が高い順に並べただけでしょ?」なんて思ってしまいますよ。

話が逸れました。

うつ病から完全に解放されることがあり得るのか否か。
私の観測範囲は狭いですが、その中に「うつ病を完治させた人」がいないので、私自身もうつ病が完治するという考えには懐疑的です。
患者として、なんとなく「すっきり治ることはないだろうな」という感覚もあります。

うつ病だって命に関わらないだけで脳の病気ですから、インフルエンザのような「完治」を想像してはいけないんですよね、きっと。
どちらかというと、例えば脳出血のような「命は無事だったけれど、後遺症が残って、倒れる前のような無茶はできなくなった」といったイメージの方が、うつ病の実態には近いのではないでしょうか。

 

一度壊れたら、脆くなる。

うつ病は、心身に過剰なストレスをかけて痛めつけた結果です。
頑張って頑張って頑張った結果、耐えられなくなって崩れ落ちたんです。

うつ病になった後で「過剰なストレスに耐えていた頃の自分に戻りたい」という人がいたならば、自分が病気になった原因について良く考えてくれと伝えたいです。
その「過剰なストレス」に耐えられなかったからうつ病になったのだということは、どうか自覚しておいてほしい。

一度傷めた場所は、傷める前より弱く、壊れやすくなります。
スポーツをやっている人ならばよくご存知のことでしょう。
メンタルにも同じことが言えると思います。
寛解した」からといって、一度崩れた時と同じ負担をかけたら、確実にまた崩れます。

一度崩れた時と同程度の負担に耐えられるように、綺麗さっぱり元に戻ることを「完治」と呼ぶのであれば、恐らくうつ病は完治しない病気です。

……まぁ、うつ病になってから15年経っている私の場合は、15年分の老化も加算されるので、うつ病が治ったからといって15年前の自分に戻れるハズがないというのは自明の理なのですが。

 

うつ病寛解しても、無茶ができるようにはならない。

もしも、うつ病から立ち直った人を見て、「以前と同じパフォーマンスを発揮できていない」と思うのだとしたら、それはその人が自分にかかる負担を減らすように努力しているからでしょう。
もう一度崩れ落ちないように、無理をしないようにセーブしているからでしょう。

私は、調子が良いと時々無理をしてしまうことがあるのですが、そういう時、自分で意識していなくても、身体が重くなるとか、頭が動かなくなるとかいう形で、身体が自動的にセーブをかけてきます。

自分が無理だと感じなくても、身体は敏感に察知してくれます。
私は自分の「無理」に鈍感なので、自覚するより体調が悪くなる方が先です。

すぐに「もう無理」と知らせてくる身体症状を鬱陶しいとは思うけれど、それを無視して無理を続けると今度は精神的にガタッときて、回復にも時間がかかるようになるので、身体からの警告には大人しく従うことにしています。

 

寛解」で良いんだと思う。

私は「苦しみながら無理をしている自分こそ素晴らしい」という著しく偏った考えの子供だったので、「スッキリ元通りにはならない」という考え方を受け入れるまでに随分と時間がかかってしまいましたが、元通りにならないことはそれほど悲観することでもないと、今は思っています。
だって、何もできなくなるわけじゃないんだし。

自分の心身が耐えられる範囲で活動していくこと。
耐えられる範囲を広げたいと思ったら、怪我をして弱くなった部分を補強するためにアスリートがトレーニングを積むように、少しずつ負荷をかけていくこと。
無茶はしないこと。
無理だと思ったら休むこと。
無駄なストレスは迷わず避けること。

昔と比べて今できないことを考えたって憂鬱なだけなので、自分ができる範囲を無理なく少しずつ広げていくことを考えたいですね。

うつ病は、再発の可能性がとても高い病気です。
寛解しても、自分がうつ病になった原因を直視せずに無茶をしたら、容赦無く再発します。そういう病気だと思っています。

もしも「完治」という言葉が油断を呼んで再発を招くならば、やはりうつ病は「完治」ではなく「寛解」が正しいのかもしれない、なんて思いました。

 

私の目標は「寛解」です。「完治」とは言いません。
いつか、うつ病からすっかり立ち直れる日が来たとしても、再発しないように気を付け続ける必要があります。

私は一度「崩れた」人間ですから、崩れる前と同じようなストレスをかけたらまた崩れます。
いわば「うつ病の後遺症」です。
如何に自分にストレスをかけないで生きていくかが、一生の課題になるでしょう。

……まぁ、だからどうした、って感じですけれどもね。
うつ病になっちまったもんは仕方ないんだし、変わらない過去と現在を比較して嘆いて消耗するよりは、変えられる明日を良くするために頭を使いたいと思っていますよ。

うつ病が綺麗さっぱり治ることを期待する人にとっては厳しい話になってしまったかもしれませんが、以上がうつ病の「完治」についての私の考えです。
「完治」しないと思ってます。でも悲観はしてません。そんな感じです。