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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

「逃げて良いんだよ」って、もっと伝える必要があると思う。

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こんにちわ、サユです。

電通の女性社員の自殺が、過労自殺として認定されたというニュースを見て、筆をとりました。
私のツイッターのタイムラインはこの話題で埋め尽くされていますが、うつ状態にある人にとっては少々ショックが強い話題です。それでも、何も書かずにはいられなかったので、書きます。

自殺した彼女は、死を選択する数日前まで、ツイッターに自分の現状や心情を吐露し続けていました。
ツイッターに残された「遺言」から読み取れるのは、過労に加え、パワハラモラハラ、セクハラ…。
輝けるエリートが直面した過酷な現実に暗鬱とした思いになりました。

私はここで電通が悪いと責めるつもりはありません。
もちろん電通という組織の体質に問題はあるでしょう。でも、私は社会に出たことのない「素人」です。社会のリアルを知りません。
それに、電通の、企業の、ひいては日本社会の問題点については、私なんかより遥かに知見のある人達が優れた考察とともに論じてくれることでしょう。

ですから、私に言えるのは一つだけ。

死ぬくらいなら仕事なんか辞めてくれ。 逃げるという選択肢を知ってくれ

 

 

逃げることを知らなかった人の話。

かつて、私がうつ病になる前、まだ挫折を知らなかった頃。
苦難から逃げるという発想がありませんでした。
苦難は自分に与えられた乗り越えるべき試練であり、立ち向かえば必ず乗り越えられるものだと信じていました。

レールから外れることは即ち死でした。人生の終わりでした。
レールの外は奈落であるように思えました。
だからレールから外れて生きるなんて発想がもとより存在しない。
レールの上を堂々と進むこと以外に人生はあり得ないと思い込んでいました。

そんな私が、ダメになりました。
うつ病になって、「脱線」してしまいました。
必死で足掻いてみたけれど、どんなに頑張ってもレールの上に戻ることはできませんでした。

けれど、愚かなことに、自分はもうレールの上に戻れないのだということが解って、それでも人間は死にはしないんだっていうことを身をもって知った時に、私は初めて「逃げても良いんだ」ってことを理解したんです。
「逃げても人生は終わらないんだ」って。

ツラかったら逃げても良い

たったそれだけのことを学ばないまま育つ人間が、日本には未だにいます。
だから、もっともっと知ってほしい。知らせてほしい。

命より大切なものなんかない。自分の命を蝕む仕事なんて辞めていい。死ぬくらいなら逃げて良い

 

 

逃げてくれ。

仕事なんかのために死なないでほしい。

……仕事を馬鹿にするな、って?
前途ある人間を「死にたい」と思わせる仕事なんて、害でしかないじゃないですか。

「死にたい」と思わせる存在を、立ち向かって戦って克服してやろうなんて思わないでほしい。まして、服従して受け止めようなんて思わないでほしい。
相手はあなたを破壊しようとしているんです。
全力をもって逃げるべきなんです。

自分の身を守るのは自分です。
周りが「このくらいなら平気だろう」と言っても、自分が無理なら無理なんです。

自分の身を守るために逃げることを責める人がいるとしたら、その人は人殺しにも等しい。
実際に自分で手を下さずに人間を壊すという点では、人殺しよりも卑怯で醜悪な存在であると私には感じられます。

仕事なんかが理由で死ぬんですか。
死ぬ覚悟があるなら、仕事を辞めるくらいのことはできるでしょう。
死ぬ覚悟があるなら、次の仕事を探すくらいのことはできるでしょう。
「逃げる」という選択肢さえ知っていれば、死ぬ前にできることは数え切れないほどあるハズなんです。

過労で死に追いやられた人のニュースを聞くたびに、何故逃げられなかったのか、というやりきれない思いに襲われます。
「逃げる」は、決して隠しコマンドなんかではないハズなのに。
どうして選べないんだろう。

 

 

死にたいと思うのは普通じゃない

苦しみの中で、選択肢に「死」の文字が現れるようになったら、自分がかなり危機的状況にあることに気付いてください。
生きている人間が「死にたい」と思うのは、普通のことではありません。

うつ病患者が日常的に「死にたい」と思うのは、鬱状態にあるからです。心を病んでいるからです。尋常じゃ無い異常事態なんです。
「死にたい」と思うのは、心がズタボロになって悲鳴を上げている証拠です。

「死にたい」と思いながら仕事を続けるなんて、馬鹿げてる。
仕事を辞めた人を、事情も知らずに冷たい目で見る世間の圧力も、馬鹿げてる。

死ぬくらいなら、仕事なんか辞めちまえ。

 

逃げる自分を許せずに、本当に死を決意してしまった人に、その最後の瞬間に、私の言葉は届かないのかもしれません。
ただ、もし届くのであれば。

あなたはもっと幸せに生きることができるハズだ

レールの外は奈落なんかじゃない。
つまづいて脱線した先も、また道の上なのだと。
そう伝えたいと願うのです。