おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

人生の目標、見付けました。「楽しかった」で幕を閉じるために。

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こんにちわ、サユです。

ここ数日、天気が良いお陰か気分の落ち込みが少なく、かなり快適に日々を過ごすことができています。
やっぱり天気が悪いと体調が悪いことが多いですね。
原因は低気圧というよりは外が暗いことのような気がしています。
太陽は偉大ってことだ。

 

「生まれてきたことに意味なんか無い」派です。

私は人間が「何かを成すために生まれてくる」「生まれてきたことには意味がある」とは思っていません。

人生の喜びも、苦しみも、全て意味があるものだという考え方も世の中にありますが、苦しんでいる人に対して「その苦しみにも意味があるんだよ」なんて訳知り顔で言ったらかなりの確率で怒られると思うんです。

本人が「この苦しみには意味がある、乗り越えよう」って自発的に思う分には一向に構いませんし、むしろ凄いなぁと思いますが、他人から自分の境遇について上から目線でどうこう言われたら腹立たしいでしょう。

私はうつ病になって、その結果としてブログを始め、読者さんと出会ったりいろいろな経験をすることができたので、「うつ病になっても悪いことばかりじゃなかったぞ」と今は思っています。
でも、もしも誰かから「あなたの人生にうつ病は必要だったんだよ」なんて言われたらその場で瞬間湯沸かし器のように怒り出す自信があります。

うつ病になって良かったなんて思ったことはないし、どう考えてもうつ病にならない方が幸せだったし、でもなっちまったもんはしょうがないってことで努力の末に諦めて現状を受け入れられるようになったのに、「うつ病になって良かったね」みたいな物言いは勘弁してほしい。

私の人生にうつ病は必要なんかじゃなかったよ。
要らなかったよこんなの。

 

超絶意識低い系。

「人間は何かを成すために生まれてくるワケではない」 言い換えれば「別に何も成さない人生でも一向に構わない」「何一つ成し遂げないのもまた人生」ということになります。

私は超が付くほど意識が低い人間なので、自分の人生で何かを成し遂げるつもりはありません。
死ぬ時に「何もしなかった人生だったなー」と思いながら死ぬのも、それはそれでありだと思ってます。別にみっともないとは思いません。

何かを成し遂げるなんていうのは、健康と知能と意欲に恵まれた一部の天に愛された人間の役割なんです、きっと。
そういう人たちには是非是非歴史に名を刻んで欲しい。

でも、秀でたものを何一つ持っていない、むしろ劣った部分だらけの私みたいな底辺人間に、一体何を期待できるっていうんでしょう。
期待する方がおかしいでしょう、とさえ思います。

そんなワケで、私は「人生の目標」というものは持っていなかったのですが、つい最近、ちょっとした出来事がキッカケで、「人生の目標」を設定することと相成りました。

……前置きが長くなり過ぎましたね。
今回話したかったのはその「人生の目標」についてです。

 

だって楽なほうが良いもん。

キッカケというのは、Twitterに届いた、私を叱る長い長い文章でした。

文章の送り主は、私がこれまでに書いたブログを隅々まで読んで下さったようで、私がこれまでに購入したものの値段も把握してらっしゃるし、随分と熱心な読者さんなんだなぁと思ったのですが、その内容を端的にまとめれば「私はこんなに苦しい生活をしている。お前ももっと苦しめ」というものでした。

いやいやいや、「お前は楽をしている、もっと苦しめ」って言われて「はい解りました、苦しみます」って素直に従う人がこの地球上に存在するんでしょうか。
私は絶対嫌ですよ。

今は気分が安定しているのでちょっと楽ですが、先月末あたりは結構酷くて苦しかったし、病院で栄養指導受けたら「糖質摂るな!乳製品摂るな!」って言われてげんなりしてますし、アルバイトを始める前に体力付けようと思って散歩に出掛けては翌日寝込むことを繰り返してますし、働いている人と比べたら楽をしているだろうとは思いますが、私だってそれなりに毎日しんどいですよ。
それじゃ足りないって?いやぁ、そんな無茶な。

何なんですかね。私がさっさとアルバイトを始めて、早々にダウンして、雇ってくれた先に多大な迷惑をかけることを期待している人が時々いるようなのですが、そんなことしても誰も得をしないし、「うつ病患者は使えない」という評判に加担しかねないので、お断りです。
私の上司でも無いのに、誰の得にもならん無駄なことをさせようとしないでほしいものです。

「苦しめ」と言われて私がまず思ったのは「絶対嫌だよ。私は楽な方が良いもん!」ということでした。

また「甘えてる」とか言われそうですが、人間なら楽な方が良いのは当たり前ですよね。
苦しい方がお好きですか?私は嫌ですよ。

もちろん、生きていくからには、苦しくてもやらなきゃならないこと、頑張って乗り越えなきゃならないことにぶつかることがあるでしょう。
私だって、今のままのお気楽生活が一生続くとは思っていないし、一生続けるつもりもありません。

でも、どんなにしんどい時でも、生きているからにはできるだけ楽しげに、実際にはそんなに楽しくない時でもできるだけ楽しげに……そう意識しながら生きていけたら、なんだかすごく良いなぁって思ったんです。

 

人生の目標:楽しげに生きる

楽しげに生きる
それが、私の人生の目標になりました。

もしかしたら「いつも楽しそうで良いよね!」と嫌味っぽく言われることもあるかもしれません。
でもそれで良いです。

「楽しげに」を心がけることで、いろんな考え方が前向きになって、結果として本当に「楽しい」人生になるような気がするんです。
まずは気持ちから、って言うじゃないですか。

 

悲壮感が無い人間なので。

私は昔から「悲壮感がない」とよく言われてきました。

うつ病どん底にいる時、地面を這いながら、それでもヘラヘラしていました。
しんどかったけど。

薬の副作用で二足歩行ができなくなったときも「ヤバイ!面白い!」って笑っていました。
ホントは怖かったけれど。

電気けいれん療法を受けたら副作用で昔の記憶がかなり薄れてしまった時も、「嫌なことを忘れられたからオッケー」なんて言っていました。
ホントはかなりショックだったけれど。

元々そういう人間なんです。
表面を取り繕うことに対する躊躇の無さというか、自然にそうなってしまうというか、……何て言えば良いんでしょうね。
とにかく、悲壮感の無さは自分の長所だと思っています。

だったら、その悲壮感の無さで、苦しい時でも「楽しげに」生きてみようじゃないか。
少なくとも「つまらなそうに」生きるよりは、ずっと楽しそうだから。

もちろん、余裕が無い時は無理ですよ。
自殺方法を考えることしかできないような精神状態の時に「楽しげに」なんて言われてもそれは無理があります。あくまで努力目標です。

 

 

「楽しかった」で幕を閉じるために。

私は人生で何かを成し遂げるつもりはありません。
結婚もしないだろうし、もちろん子供も持たないでしょう。
平凡以下の人生を生きて、そのうち死ぬと思います。

ただ、自分が死ぬと判った時に、「存分に人生を楽しんだぞ」って思って死にたいんです。

それってささやかだけど、結構な贅沢ですよね。
毎日を楽しくする努力を続けていった先にしか無いゴールですよね。
金も名誉も分不相応なものは何も望まないから、たった一つ、それだけ叶えたいと思っています。

できる限り楽しげに、楽になれる方に向かって。
他人の不幸を望むよりは、今が不幸ならばお互いが今より幸せになれるよう願いながら、私の「楽しげ」が周りにも波及したりしたら最高。
そうやって生きていけたら良いなぁ、生きていこうなぁ、と思った日の話でした。