おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

ブロガーのくせにブログに書く話が無くなったという話。

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こんにちわ、サユです。

私がブロガーの末席に名を連ねるようになって一年半弱。
これまで自分の経験や体験を切り出すようにしてブログ記事を書いてきたけれど、もとよりさして濃ゆい人生は送っていない身の上。

他人とは違う経験と呼べるようなものは「驚くほど何もしないまま30代に突入した」くらいしか無いワケで、人様より優れた技能や知識があるでもなく、できることと言ったら唯一の個性とでもいうべきうつ病について繰り返し繰り返し語るくらいが関の山。

ハンドメイドの世界に飛び込みたいと夢見ながらも圧倒的体力不足に阻まれてロクに作品も生み出せず、大して再生数の稼げないMinecraftプレイ動画を細々と投稿するのは楽しいけれど将来性皆無、かといってブログで飯が食えるようになるかと言えばそこまでのタマじゃないことは重々承知しているし、一時的な金儲けの手段を知らないワケではないけれど読者を騙して設けるような真似をするくらいなら死んだ方がマシだという矜持だけは無駄に高く。

何が言いたいかというと、ブログに書くことがなくなっちまったのです。

 

好調ゆえの不調。

最近、ブログの更新頻度が「週刊」レベルまで落ちているのは、趣味でMinecraft動画を作っている分だけブログに傾ける時間が減っていることも一因なのですが、それ以上に、書くことが無いという深刻な問題と相対しているのが原因です。

少し前から「今の私は出涸らし」という表現を何度か用いておりますが、出涸らしだってお湯を入れれば茶になるんですよね、味も香りも劣るとは言えど。
ならば今の私は出涸らし以下です。
お湯を注がれても染めることすらできない。

茶葉を通して出来上がったのがただの白湯だったら、そいつをお客様にお出しするワケにはいかないでしょう。
……いや、「サユ」と「白湯」には何の関係もありませんけれども。

繰り返し繰り返し書けるのはうつ病の話くらい。
けれども今の私は、身体はクソ重いしやる気も根気も無いし体力無さ過ぎて晩飯作りの手伝いをしたらその後寝込むといった有様ではあっても、メンタル面はなかなか好調なのです。

メンタルが好調だとどうなるか。
私の場合、うつ病について考える時間が減ります。

決してうつ病のことを忘れるワケではないのだけれど、うつ病患者がしばしば抱えている健常者に対する不満とか、無理解な人への怒りとか、あるいは自分の将来への絶望とか、そういった負の感情と向き合うことが無くなってしまうんです。
無くなってしまったんです。

怒り、憤り、不安、悲嘆……それらはうつ病患者のブログとして「相応しい」テーマであり、感情でした。
けれども今の私は、そんなに自分の将来を悲観していません。
死についてはよく考えるけれど、死にたいと思うことは稀になりました。
エブリデイ死にたみの時代と比べたら雲泥の差だね!

精神疾患だけでなく、弱者に対して無理解な人の話を聞けばもちろん頭にくるけれど、その一方で「我々の苦しみは健常者にはわからない!お前らより我々の方が苦しいのだ!」と息巻いているメンヘラ仲間を見かけると、距離を置きたいと思うようにもなりました。

負の感情に対して、ひどく冷めているんです。
怒ったり、悲しんだり、嘆いたりしているよりも、その時間で楽しいことを追いかけていたいし、考えていたい。

 

ブロガーとしてのピークは過ぎました。

恵まれた環境のお陰で、私は極めて快適な療養生活を送っています。
楽しいことだけ追いかけていられるし、調子がいい時は少し自分に負荷をかけてみて、ダメだったらいつでも寝込むことができます。

決して裕福な家庭じゃないけれど、生活が苦しいワケではないし、両親の理解もある。
家族がストレス源になっている人や、経済的にのんびりしていられない人も多い現代で、私は呑気に暮らすことを許されています。
幸運です。

これだけ恵まれていても、幸せ一つ感じられずに負の感情がひたすら胸の内で渦巻いていたのが、ブログを始めた頃の私でした。
我ながら贅沢だったなぁと思うけれど、それもまた病状、そして私の未熟さゆえということでどうか一つ。

ドス黒く渦巻く感情のままにブログを書けていた時期が、ブロガーとしての私のピークだったように思います。
低いピークだったけどな!!

不幸はウケます。
負の感情は最も容易に人の心を動かします。
けれども今の私は「うつ病のくせに」決して不幸ではないので、「うつ病患者のブログ」に求められるような話は、なかなか書けないのです。

 

うつ病ブログに書くべき記事とは。

以前、一記事まるまる使ってスタバの新商品の話をしたことがありますが、その時に陰で結構嗤われていたことを知っています。
もちろんその記事が拙く、まったく評価されなかったことが一番の原因なのですが、嘲笑の中には「うつ病患者が楽しそうにするな」という非難も多分に含まれていた、ように、私には感じられました。

うつ病患者が楽しそうにしちゃいかんのかい?!という話は以前に書いたのでここでは割愛。
批判されて一度は落ち込んでも、立ち直ったら過去の話です。蒸し返すようなことはしません。

ただ、その頃から「おどりばに相応しい記事」についてしばしば考えるようになりました。

どうせ書くなら、うつ病患者のためになるようなブログにしたいです。
けれども一方で、もともと自分のために始めたブログなのだから、書きたいことは躊躇わずに書く!という方針も大切なものだと思っています。
弱小泡沫ブロガーが好きなことを書かなかったら何のためにブログやってるのかわからないですし、ね。

とはいえ、私は私自身にファンが付くような魅力的な人間じゃないし、ファンが付くような活動ができるほど元気じゃないから、私が「今日は楽しかった!」っていう話をブログに書き連ねても読みたがる人なんていないだろうし、そもそも発信したいのがその程度の内容ならばTwitterで事足りてしまうし。

だったら、敢えてブログに記事として書くほどの内容とは、どのようなものなのか。

そんなことを考え始めると、筆が止まってしまいます。
……いや、スマホで書いているから「指が止まる」と言うべきですかね。

 

うつ病が快方に向かうほどに、ブログには書くことが無くなっていく。
いつか「うつ病ではなくなってしまった」時、私は「おどりば」をどのように処するべきなのだろう。
可能ならば長く長く続けたいなぁと思っていたブログですが、もしかしたら本当に何も書けなくなって、続けられなくなる日が来るのかもしれない。
それは、喜ばしいことであるハズなのだけれども。

 

今回は「ブログが書けない」という、ブロガーにとっては最後の切り札とも言えるネタをとうとう持ち出してしまいました。
次回は何を書こうかな。何を書けるかな。
今から考えないと、またあっという間に1週間経っちゃうからなぁ。

通院ついでにラーメン食べてきました。
何回目になるかわかりませんが、久しぶりに五反田の平太周です。圧倒的背脂っ…!!

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