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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

おどりば

理解することができる。それしかできない。

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こんにちわ、サユです。

メールが届きました。
メールの送り主は、「すぐに、ではないけれど、いずれ必ず自殺しようと心に決めている」のだそうです。

そして、私の「死にたい気持ちを責めないで」の記事に辿り着いて、初めて理解者に出会えたと、「ありがとう」と伝えたくてメールしたのだと、そう言うのです。

私はこのメールに返信することができずにいます。

 

 

私にできること。

私は、苦しみながら生きている人達の代弁者になれるとは思っていません。
そこまで偉くはありません。

ただ、健康な普通の人生を送っている人よりも、苦しみの中を生きている人達の心情を理解し、実体験を踏まえて共感することはできるハズだと、その程度の自負はあります。

私がこのブログで提供できるのは、ネット用語で言うところの「わかりみ」だけだと考えています。
ブログを読んだ人に「わかるわー」「自分以外にも同じこと考えてる人がいるんだ!」って思ってもらえる内容を、自分の経験の中から切り出して発信すること。
それ以上のことは、多分できません。

私自身が自分を自分で支えられないくらい弱い人間だから、誰か他の人を助けようと思っちゃいけない。
他の人を支えようとして自分が崩れてしまっては話にならない。
他の人を助けるための活動はきっと私に充足感を齎してくれるだろうけれど、同時に自分が直面している現実から自分の目を逸らさせることにもなるだろう。
それじゃダメだ。
自分で立つこともできない人間が、ありったけの力を振り絞って誰かを助けたとして、その後力尽きた私はどうやって生きていけば良いのか。

そんな風に思っているから、私は、誰かを助ける為に頑張りません。
もちろん、無理のない範囲でできる限りのことはしますけれども……自己中心的に思われるかもしれませんが、私も自分を生きるだけで必死なのです。

それでも、「苦しんでいるのは自分だけじゃない」ということを知るだけで、ほんの少し救われる人がいます。
問題の解決にはならないんだけど、ほんの少し、癒される人がいます。

その「ほんの少し」を提供するのが、私にできる精一杯であり、このブログでやるべきことの一つだと思っています。

 

 

無力な私。

それにしても、なんと私は無力なのでしょうか。

「死にたい」気持ちはわかるんです。
メールを送ってくれた人の「人生に絶望した」気持ちも、かなりわかるんです。

きっと自分は将来重い認知症になった親と心中するんだろうな、くらいのことはリアルに想像できてしまうのが私です。
体調が悪く、自分が元気になることが想像できない時、私の人生には絶望しかありません。
もしも「一生このままだ」ということを確信したら、恐らくその時が私の最期になるでしょう。
元気になれる日を夢見ているから、私は今日をかろうじて生きています。

「初めて理解者に出会えた」と、メールの送り主は言いました。
ええ、ええ、わかりますとも、きっと苦しいのでしょう、生きていることがどうしようもなくツライのでしょう。

「だから自殺するつもりだ」と、いっそ晴れ晴れと語る人に、私は一体どんな言葉をかけることができるだろう?

死にたい気持ちはよくわかる。
わかるから、何も言うことができない。
わかってあげるだけじゃ何にもならない。
私は、無力です。

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焦燥と、渇望と。

何があっても、私にできることは「理解する」ことだけで、「救済する」ことではありません。
こうしてブログをやってはいますが、私もうつ病に苦しむ普通の患者の一人に過ぎません。
病歴が長いだけで、何か特別な存在というワケでもないし、特別な力があるワケでもありません。

ただ、経験を、シェアするだけ。
今までも、これからも、それは変わりません。

悲鳴が聞こえたら、できるだけ助けてあげたいとは思うけれども、私には本当に、何の力も無いのです。

 

ブログだけじゃ足りない、という焦りに襲われています。

私はブログで自分の生活を支えることはできないから、何かを新しく始めなければならない。
このブログがこれ以上大きくなるとは思えないから、現状維持では足りない。
そんなことをずっと考えています。

死にたい気持ちを抱えている人のために、「理解する」以外にできることがあるとしたら、私がこの絶望から這い上がってみせることしかないように思うのです。
どんなどん底からでも未来はあると、身を以て示すことができたら、少しは……少しくらいは、陳腐な励ましの言葉にも、重みを持たせることができるのではないか、と。

 

今はやっぱり、何もできないのです。