おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

毒親か、それとも反抗期か。

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こんにちわ、サユです。

私はずっと、自分には第二次反抗期が無かったのだと思っていました。

思春期にうつ病を発症した私は、親と喧嘩することもなく、とりわけ父親に対しては「父親の言うことは絶対に正しい」という態度で従順に徹していました。

 

絶対的な父親

私の父親は、時々配慮が足りない言葉を口に出してしまう人です。
子供の頃から何度も「お前は不良品だ」「出来損ない」と言われましたし、高校に入ってから勉強よりも部活や委員会活動を優先してしまった時には「お前はあの高校に相応しくない、やめちまえ」なんてことも言われました。
テストは満点じゃないと褒めてくれないタイプ、ってヤツでしょうか。

父親の職業が教員なので、家庭内での叱責がまるっきり「学校の先生に怒られている感じ」なんですよね。理屈抜きで逆らってはいけないと思わせる迫力がありました。
自宅に厳しい学校の先生が常駐している、とイメージしてください。結構ストレスを感じませんか?

幼少期から植え付けられた「父親は絶対」の価値観の所為で、私は父親の配慮の足りない言葉をひどく気に病みました。

父親に不愉快な思いをさせないように、顔色を伺いながら息を潜めて、間違ったタイミングで動かないように、間違ったタイミングで音を立てないように、……父親が家にいるだけで私の神経は磨り減っていくようでした。

その一方で、私は日記に父親への不満を書き連ねていました。
うつ病由来の認知の歪みも相まって、紙を裏から触ったらペンの跡がくっきりわかるほどの筆圧で、父親に認められない自分は死ぬべきだと、どうして認めてくれないのかと、日夜殴り書いていました。
殴る・噛み付くといった自傷行為も繰り返していて、常に痣かたんこぶ、或いは歯型がどこかにありました。

私に第二次反抗期なんてあるはずがない。
父親は絶対で、父親を不愉快にさせないことが正しいのだから。
反抗なんてできるワケがないじゃないか。
……そう思っていました。

 

毒親か、それとも。

ここまで読んで「ひどい父親だ」と思われた方もいるでしょう。
毒親、という単語が脳裏に過ぎった方もいるかもしれませんね。

私も、ひどい父親だと思っていました。
ひどい父親が「絶対」であることがとても苦痛でした。

私に完璧を求めるくせに、父親が完璧ではないことがどうしようもなく腹立たしかった。

完璧を求めた結果、私はボロボロにメンタルを病んで、人並み以下になってしまいました。
それさえ父親の所為だと、一時は思っていました。

 

父親の粗が目についてイライラする。
私が同じことをやったら怒るくせに、本人は平気でだらしのないことをする。

絶対である父親が完璧ではないことが許せない

胸の裡に蓄積するばかりで外に出すことはなかったけれど、それが私の「第二次反抗期」だったのではないか、という考えに至ったのはつい最近のことです。

 

子育て初心者に高望みする反抗期。

あの頃、父親は私の行動を制限し過ぎていたし、私は父親に理想を求め過ぎていました。

私は長女で、両親にとって初めての子供です。
両親だって手探りの状態で子育てをしていたハズで、子供だった私の目には神のように見えていた父親も、実際にはただの子育て初心者だったんです。

どんなに頑張ったって、初めてのチャレンジを完璧にこなせるハズがないじゃないか。

父親だって、ただの人間です。
不適切なことをうっかり言ってしまうことだってあるでしょう。
その「うっかり」を、いつまでも根に持っていたのが私でした。

父親は、未熟ではあったけれど、「毒親」ではなかった。
今はそう思っています。

反抗期を迎えた私の目には、父親の悪いところばかりが見えてしまっていた。
父親の僅かなミスも許せなくなっていた。
冷静に考えたら、良いところだってたくさんあったのに。

父親だって必死に私を育てていたのでしょう。
父親の母親(つまり私にとっての祖母にあたる人です)は非常に厳しくて、体罰父親に火傷をさせたり、父親を家から追い出したり、話を聞く限りかなり苛烈な子育てをしていたそうで……父親が知っている「子育て」は、イコール「母親から受けた仕打ち」なんですよね。
褒めて伸ばす方法とか、優しく躾ける方法なんて、多分知らなかったと思うんです。

だとしたら、父親はよく頑張ったと思うし、初めての子育てをこれ以上上手にやれというのは、きっと無茶な注文でした。

 

人間は完璧にはなれない。

私がうつ病になったことにより、父親は私に完璧を求めなくなりました。
私も、父親に完璧を求めなくなりました。
その結果、親子の仲は改善されました。

父親の表情を伺い、一挙一動に神経を尖らせながら暮らす必要が無くなって、私はとても楽になりました。
うつ病になって良かった」なんてことは絶対に無いけれど、父親と適度な距離が取れるようになったのは、不幸中の幸いだったと思います。

本当は、うつ病になる前に気付ければ良かったのだけれど、……まぁ、過ぎたことを嘆いても仕方がありませんよね。

 

親もただの未熟な人間なのだ、ということを心に留めておくのは、子供にとって重要なのではないでしょうか。

子供にとって親の存在はとても大きく、それこそ神のような影響力を持つように思われます。子供にとって家庭は世界の全てに等しく、家庭の支配者はすなわち神です。
私にとって、父親は神でした。絶対にして唯一の神であるように見えました。

でも、実際は親だって普通の一人の人間だし、完璧なんかじゃないし、常に正しいワケじゃないし。
間違えることだってあるし、一時の感情にカッとなって冷静な判断ができなくなることだってあるでしょう。

「親が子供に高い理想を求め過ぎて子供が苦しむ」という話はしばしば耳にしますが、子供が親に高い理想を求め過ぎた場合も、やっぱり子供が苦しむことになると思います。

理想通りの親なんて滅多にいませんよ。
自分と同じ、ただの人間だもの。

こっちの気持ちなんて言わなきゃ解ってくれないし、伝えなきゃ伝わりません。
私がどんなに父親を畏れていたか、それがどれほどストレスだったか、私が母親を通して伝えるまで、父親は本当に知らなかったんです。

親だから特別なんてことはない。そう思います。