おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

自分を過剰に卑下する言葉なんて吐くもんじゃねぇなぁと思ったんだ。

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こんにちわ、サユです。
しばらくブログを弄る気力も出ない状態でしたが、何やかんやで立ち直りました。
どん底に落ちるたびに「今度こそもうダメかもしれん…」と思わされるのですが、今回もなんとかなりました。
月初めは割と体調が良いことが多いつもりでいたんですが、そんなことはなかった模様。

さて、今回の話題。
私はこんなブログをやっているので、うつ病患者さんの話を聞く立場になることがよくあります。直接ではなく、メールとかTwitterとかを介してですけれども。

うつ病患者には、自分を過剰に卑下する人が多い、という印象を持っています。
例えば、何の躊躇いもなく「自分はクズだ」とか「死ねば良い」とか言っちゃう、とか。

自分で自分を「出来損ない」とか「クズ」だとか口に出す時に感じる、ある種の爽快感があります。
痛いけれど、どこかスッキリするようなその感覚は、私もよく知っているものです。
私も一時は頻繁に自分を卑下し、罵り、呪いの言葉を吐き続けていました。
「自分はダメだ〜」程度じゃ足りなくて、「ゴミクズ」「死ね」みたいな強くて汚い言葉じゃないと満足できないんですよね、こういう時って。

 

自分を過剰に卑下するうつ病患者の心境。

深刻なうつ状態になると、本当に自分がダメでクズで嫌いでどうしようもなく思えます。
やりたいことはできないし、今までできていたこともできなくなるし、周りの人と同じようにもできなくなるし。
もしも、この状態に陥っても「自分はクズだ」と思わない人がいたとしたら……いや、そもそもそんな人は深刻なうつ状態にならないと思います。

うつ病は、自己評価が果てしなく下がる病気です。
実際に自己評価を下げる原因となる出来事が病気のせいで多発するし、何も起こっていなかったとしてもそういうネガティブ思考になってしまう病気です。
地獄の底まで自己評価が下がります。

ですから、うつ病患者が「自分はクズだ」という発言をした場合、それは自分が感じていることをそのまま口に出しただけであって、それを聞いた周りがどう思うかなんていうことは考慮されていません。
周りのことなんて、一切考慮されていないんです。

しかし、例え考慮されていなくても、「自分はクズだ」という言葉を誰かに向けて吐いた時点で、「周りの人」は存在してしまいます。

 

過剰な自虐発言を聞かされる側の心境。

たまらないのは自虐発言を聞かされる側です。
「そんなことないよ」なんて言っても、相手の自己肯定感は地底まで沈んでいますから、焼け石に水です。
逆にさらなる自虐を招くかもしれません。

かと言って、「自分はクズだ」に対して「そうだね」とも言えないでしょう。
……私の経験から言うと、いろんな人から何度も「自分はクズだ」を聞かされると、「そうですね、クズなんでしょうね!」って半ギレ状態で返したくなってしまいますけれども。

でも、それをやってしまったら相手が深く傷付くことは解っていますから、やりません。私はやりません。
やりませんけれど、「じゃあどうしろと?!」という苛立ちは積もっていきます。

 

自分がうつ病患者の話を聞く立場になってみて、しみじみ思います。
うつ病患者を支える」というのは、半端な覚悟ではできないことだ、と。

現状、支えてくれる人がいるならばその人に深く感謝するべきだし、支えてくれるのが当然だなんて思い上がってはいけません、絶対に。
私は母親がずっと支えてくれているのですが、一体これまでにどれだけ嫌な思いをさせてしまったのだろう……と、改めて考えると気が遠くなるような心地です。
ありがとう母親。

 

両方の気持ちを味わった結果。

うつ病患者の立場に立って考えれば「自分はクズだ」といった自虐発言をする気持ちはよくわかる。
でも、その言葉をぶつけられる側に立って考えると、善意だけで受け止め続けるにはあまりにもストレスフルだ。

両方の立場を経験してみて、うつ病患者として「支えてほしい」と願うばかりだった自分は浅慮だったと深く反省しました。

以前から「視野が狭くなったうつ病患者のワガママが、うつ病患者全体の印象を悪化させる」可能性については繰り返し考えてきたつもりですが、それでも多分、まだ足りなかった。

解っています。
出口の見えない苦しみの中で必死にもがいているうつ病患者に「周りに配慮しろ」というのは酷な話です。
溺れている人間に「苦しそうな顔をするな」と言うようなものです。
それは解っています。
私だってうつ病患者ですから、その辺りは十分に解っているつもりです。

でも、頭では解っていても、うつ病患者から際限の無い自虐を聞かされた時に感じるのは苛立ちなんです。
「解っているつもりの」私でさえこのザマなのですから、うつ病になったことのない人に「自分はクズだ」「死んだ方が良い」という話を繰り返しぶつけたら……蓄積した苛立ちで爆発する人がいてもおかしくないと思ったんです。

 

私を愚痴相手に選んだ人が「自分はクズだ」と語り始めたら、私はその言葉に対しては返信しないことにしています。
相手にとっては不満を感じる対応かも知れませんが、先ほどお話しした通り「そんなことないよ」とも「そうですね、クズですね」とも言い難く、まともに受け止めようとしたら自分が爆発する可能性があるので、自分を守る為にそういった対応を取っています。
私とのやりとりが愚痴吐き場として使われるのは仕方がないとしても、愚痴吐き場にされたことによって私が苦しむのは割に合いません。
私だって本来は溺れている側の人間なのですから。

相手は「自分はクズだ」と言葉にすることによってある種の「スッキリ感」を得ているハズ。
だから、そこで話を完結させることくらいは許してほしい。
苦しんでいることはよくよく解りましたから。

 

自分を過剰に卑下する人に、手を差し伸べたいと思えない。 

最後に、うつ病患者としての視点をすっかり捨てて、うつ病患者を支える側としての私の意見を言わせてください。
私が弱っている時にスマホに打ち込んだものなので、ちょっと言葉がキツイです。
あまりにも寄りかかられて耐えられなくなった人間の一意見ということで。

 

「自分はクズだ」って憚らずに言う人を、助けたいとは思えません。

自分を過剰に卑下されると苛立つだけだし、「自分はそんなクズに心を砕こうとしてるのか?」みたいに思ったりもするし、自分から助かろうとする意志が感じられない人に手を差し伸べるほどこちらも余力が無いんです。

うつ病患者が前向きに生きていると「うつ病患者らしくない」と責められることがありますが、「うつ病患者らしい」うつ病患者は鬱陶しいと思われるのが実情でしょう。
理不尽だと思いますが、自分のことで精一杯な人間の感覚ってそんなもんだと思います。

過剰な自虐発言は、自傷行為のようなものです。
自傷行為と違うのは、周りの人間を巻き込む点です。
巻き込まれる側としてはたまったもんじゃありません。
こっちには何のメリットも無く、一方的に不愉快なだけですからね。

一回や二回なら優しい気持ちで受け止められても、十回二十回と繰り返されたら爆発しますよ。いい加減にしろ!って言いたくなりますよ。
これで爆発しないのはプロのカウンセラーくらいなんじゃないでしょうか?

 

……普段、身近な支援者に躊躇いなく自虐発言を聞かせてしまっている人には、相手がこんな風に感じている可能性を、頭の隅に置いておいてほしいんです。
相手だって人間なんです。
どんなに寛容でも限界があるハズです。

自虐発言を聞かされ続けた結果、耐えきれずに爆発してしまった人を「うつ病に理解が無い」といった風に責めるのだとしたら、それは間違っていると思うのです。

 

自分を過剰に卑下する言葉なんて吐くもんじゃねぇなぁと思ったんです。
口に出すと現実になるとか、そういうスピリチュアルな話じゃなくて、自分の周りの人たちのために。 
うつ病患者を支えるって、すごく大変なことです。
もしも支えてもらっている自覚があるならば、少しだけ周りの人のことも想って欲しいなぁ、と。

これまでに「うつ病への無理解は悪!」と言わんばかりの勢いで書いた記事もありましたが、その無理解は本当に責められるべき無理解だったのか、それとも、うつ病患者が理解ある人を叩き壊してしまった結果だったのか……そんなことを、考えてしまいました。
私の視野はまだまだ狭いぞ。