おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

「うつ病患者は社会不適合者」それってある意味正しいと思うんだ。

【スポンサーリンク】


こんにちわ、サユです。

うつ病とは一体何なのか。
うつ病になってから約15年、私は自分を苦しめるこの病気の正体について随分と思考を巡らせてきました。

最初は、烙印だと思いました。「お前はこの社会では生きていけない人間だ」という印なんだと思いました。

落伍者。ダメ人間。生きる価値の無いゴミクズ。社会不適合者。などなど。

私の周りの人達はみんな優しくて、誰も私を責めなかったというのに、思いつく限りのあらゆる侮蔑の言葉が自分から自分に向かって放たれました。

それらの言葉が自分を傷付け、追い詰めた結果、病は果てしなく悪化しました。

これでも、うつ病人として最悪レベルの病状を経験してきたという自負があります。実際に死のうとしたことだけは無いけど、ね。

今、私はうつ病を「自分に合わない場所で生きた結果だ」と捉えています。
こう考えるようになってから、目の前が開けたような気がしています。

もしかしたら、この考え方が、誰かの役に立つかもしれない。

今回は、私の「うつ病」に対する考えを綴りたいと思います。
少し厳しい内容になるかもしれないけれど、できれば、今うつ病患者として悩んでいる人に、読んでもらえたら嬉しいです。

 

もちろん、医学的根拠はありません。私はカウンセラーでもありません。
ただのベテランうつ病患者です。人生の半分以上の時間をうつ病と付き合っていますが、決してうつ病の専門家ではありません。黙れ素人、と言われてしまったら強く反論できません。それは最初にお断りしておきます。

でも、実際にうつ病になった人間にしか解らないことだってあると思います。
「未経験の研究者」と「研究者じゃない経験者」、どっちの知識がより正しいか?って比較するのは、メートルとキログラムを比較して「どっちが強いか?」って考えるようなもんですよね。

 

 

サンショウウオと砂漠の話。

うつ病になる理由は、その人が自分に適した場所で生きていないから。
これが私の考えです。

たとえ話をしてみましょう。

ここに一匹のサンショウウオがいます。

f:id:SayuLog:20160701170536j:plain

サンショウウオは、身体が干からびたら死んでしまいます。

もし、サンショウウオが雨の降らない砂漠で生きようとしたら、それはもう想像を絶する苦労を伴うことでしょう。

けれども、このサンショウウオは砂漠での生活に憧れていて、砂漠での生活こそ自分の理想だと思い込んでいます。砂漠で暮らすトカゲを見て、自分もあのようになるのだと、一生懸命砂漠での生活に適応しようとしています。

でも、サンショウウオは両生類です。一生の間に突然変異を起こしてトカゲに進化するなんていうのは、ポケモンでもなけりゃ有り得ません。
砂漠での生活を理想とする限り、サンショウウオに幸せは訪れないでしょう。

トカゲ達が暮らす砂漠を「社会」と呼ぶのならば、サンショウウオは「社会不適合者」です。どんなに砂漠に適合しようとしたって、健康を害するだけに終わってしまうことは目に見えています。

しかし、既にお分かりかと思いますが、「社会」は砂漠だけではありません。カエルには、サンショウウオに適した「水場」という社会がちゃんとあるんです。
もし、砂漠ではなく水場で暮らすことを選んだならば、身体が干からびて苦しむなんていう事態とは無縁の生活が送れるんです。

さて、このサンショウウオが幸せになるためにはどうしたら良いのか。

簡単です。砂漠への憧れを捨てれば良いんです。自分に適した水場で生きれば良いんです。

きっと、砂漠に憧れて育ったサンショウウオは、砂漠を諦めるために相当苦しむでしょう。自分の能力に見切りを付けることを嫌がるでしょう。自分の可能性を諦めたくないと嘆くでしょう。

でも、自分が棲むべき水場の美しさ、豊かさに気付くことができたならば、それらの苦しみは全て消え去ります。

そして思うでしょう。
どうして自分はあんな厳しい環境の砂漠なんかに憧れていたんだろう、って。

 

 

人間と「理想の人生」の話。

長い間、私にとって「大学を卒業してどこかの企業に勤める」というのが理想でした。

「大学を卒業してどこかの企業に勤める」「たまの休日に友達と遊びに出掛ける」「バリバリ仕事をして評価される」「20代で結婚して子供を産んで育てる」
……そんな「社会適合者」に憧れていました。

今挙げたのは、一般的には「普通」だと言われているような事ばかりです。
それらを、私には何一つ叶えられなかった。
だから、普通にも手が届かない自分を「社会不適合者」だと思った。

今は違います。

私が憧れていたものだけが「社会」じゃない、って納得したんです。

私は、私が憧れていた社会においては確かに「社会不適合者」だったけれど、それはサンショウウオが憧れの砂漠では生きていけないようなものだった。
私が社会に合わせられなかったんじゃない、社会が私に合わなかったんだ、って。

自分が楽に幸せに生きられる生き方にこそ価値を見出すべきであって、それこそを探すべきであって、何もわざわざ自分に厳しい世界で戦う必要なんかないんです。

私は目指す場所を間違えたまま無理をした。自分に合った生き方を見定められていなかった。そのことに気付くまでに15年近くかかった。だからうつ病になって、こんなに長引いてしまった。

今は、なんとなく見えてきた「自分の生き方」を、少しずつで良いから形にしていきたい。それが、今の私の生き甲斐です。

 

 

今だからこそ、自分と向き合ってほしい。

私の言葉は、もしかしたら「うつ病になったんだから夢を諦めろ」という風に聞こえるかもしれません。
……私はそれを否定しません。

若ければ若いほど、未来の自分に期待しているでしょう。輝かしい希望を持っているでしょう。「うつ病さえ治れば元通りだ!またバリバリやるぜ!」と思っている人もいるかもしれませんね。

でも、一つだけ確かなのは、これまでの生き方の結果、あなたがうつ病になったということです。

うつ病が治った時、これまでと同じように元通りの生き方をするだけでは、必ず再発します。再発を避ける為には、原因を取り除かなくてはなりません。

うつ病の原因の1つは周囲の環境、もう1つは「あなた自身の自分に対する理解の不足」だと私は考えています。

うつ病でやりたいことができなくなっているなら、今こそ自分と向き合って、自分を知ることに力を尽くしてみてほしい。 

今、あなたが適合しようとしている社会は、本当にあなたに合った生き方ができる場所ですか?

あなたが憧れているものは、あなたが価値を感じているものは、本当にあなたを幸せにしてくれるものですか?

世の中の一般的な「普通」や「理想」に流されていませんか?

水の中を自由に泳ぐ能力があるのに、水の無い場所で生きることに憧れてはいませんか?

f:id:SayuLog:20160701171636j:plain

 

 

夢は一つで終わりじゃない。 

夢や憧れと、自分の適性が異なるというのはしばしばあることです。うつ病人に限らず、誰にでも起こりうることです。

うつ病になったら、あなたをうつ病に至らしめた「何か」を諦めなくてはなりません。それはもしかしたら、とてもツライことかもしれない。簡単に諦められるものではないかもしれない。
私は「普通の人生」を諦めて大学を中退した時、とてもツラかったし、悲しかったです。自分は人並みの能力も無い人間なんだ、って、随分嘆きました。

でも、一つ諦めたら、次の何かを見付ければ良いんです。

気分が落ち込んでいる時は、とてもそんな気持ちにはなれないと思うけれど、一つ諦めたからといってそれだけで人生がすべてダメになってしまうようなことは無いんだってことは、どうか覚えておいてほしい。

人間が持てる夢が一つだけなんてことは絶対にないんだから。

 

病気で苦しんでいるあなたが、自分のことを「社会不適合者」だと思うのならば、間違っているのはあなたではなくて「社会」の方です。

人間の数だけ生き方があります。心の訴えに耳を傾けて、自分が楽に生きられる方法を、考えてみてください。

苦しい時こそ、自分が本当にやりたいことは何なのか、考えるチャンスです。