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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

おどりば

責任感の強いメンヘラがクラウドソーシングで挫折した話。

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こんにちわ、サユです。

11月になりましたね。
今年も残り2ヶ月、と思うとなんとなくしょんぼりな気分です。
個人的には今年の終わり=情報商材ローンの完済、なので悪いことばかりではないのですが(苦笑)

……え?運営報告?
しませんよ!先月のが最初で最後です!

 

8月あたりから、クラウドソーシングで時々お仕事を貰っていました。
ライティングのお仕事です。
1000文字で画像も用意して700円くらいになるお仕事でした。 

月に10記事という絶望的な生産速度でもOKと言ってくれる依頼主さんは神か聖人の類だと思っていましたし、うつ病で不安定な体調と相談しながら続けられるので本当に有り難かったんです。

そのお仕事を、断りました。
続けられなくなってしまいました。

 

 

責任感が強いという短所。

ストレングスファインダーで明確になりましたが、昔から自覚はありました。
私の長所は責任感です。
責任感のカタマリのような人間だと思っています。

ですが最近、これはもしかして短所でもあるのではないかという考えに行き当たりました。

私は責任感が強いです。
強過ぎます。
強過ぎて、任された何かを達成できないことに対して強い恐怖を感じます。

絶対に達成しなくてはならない、できないくらいなら死んだ方が良い。
何かを任された時に「できないなら死ぬべきだ」という考えが息を吸ったら吐くみたいに自然に出てくるのが、私の責任感です。

クラウドソーシングでの仕事も「できないなら死ぬべきだ」の心境で取り組んでいました。
これは覚悟があるのでもなんでもなくて、私にとって何かを任されるというのは常にそれだけ重いことなのだ、というだけのこと。
勝手に過剰な責任感を感じているだけのことです。

 

 

仕事ができなくなるまでの顛末。

さて。
私が700円で書いていた記事は、ネット上のとあるブログ形式のサイトの一部になっていました。
内容はほぼ私が書いたままアップされていて、ふーんこういう風に使うんだなぁ、なんて思ったりもしたのですが。

記事冒頭に書き加えられた「○○です。」の一言に、胸が締め上げられるような感覚を覚えました。
○○って誰よ!」って、思わず口に出していました。

もちろん、書いた記事が依頼主のものになることはわかっていました。
ちゃんとそのつもりで書いていました。
自分で書くのは大変だから書ける人に書いてもらって、それを自分のものとしてウェブサイトに載せる。そういう目的でライティングを依頼してきていることは知っていました。

だけど、と思ってしまったんです。
私が命懸けの責任感で書き上げた文章なのに」って。

何かの歯車が狂ったのでしょう。
それ以来、私は依頼主のことがすっかり信用できなくなってしまいました。
全く一方的で理不尽で、非は全て私にあります。そこまで解っていても、一度おかしくなってしまった認識を戻すことができませんでした。

そして、先日新しく渡された依頼に、とあるアプリの既に存在しない機能を説明する記事を2つ書けというものがあるのを見て、私はとうとうキレてしまいました。

こんなん書いて誰の役に立つんじゃ!金貰ってもこんな記事書けるか!私は死ぬ気で記事を仕上げているのに、依頼主は全く頭使ってないだろおおおお!!」って。

ええ。ええ、そうです。
私はお金を貰っているのだから大人しく記事を書けば良いのです。
どんなに役に立たない記事でも、依頼されたからには責任感を持って書き上げるべきだったのです。
責任感しか取り柄の無い私が、余計なことを考えてはいけなかったのです。

私が死ぬ気で記事を仕上げていようと、超適当に記事を仕上げていようと、仕上がったものが同じなら、依頼主にとってはどうだって良いことなのですから。

私のような経験の浅いライター(と名乗れるレベルであるとは思っていませんが)は、お金が欲しいなら文章作成マシーンとして依頼に忠実に働くべきなのです、それがこのシステムにおいては恐らく正しい姿なのです。
わかっています。

でも、キレてしまったものを元に戻すことがどうしてもできなくて。

最終的に、うつ病患者らしく「こんな仕事をしなきゃ生きていけないなら死のう」に考えが辿り着いたところで、「死ぬくらいなら断ろう」という結論を出し、自分にできる限り丁重に謝罪して、仕事をお断りしました。
依頼主には大変申し訳ないことをしてしまったと思っています。

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自信は旅行に出かけたようです。

今回の件で、私は大いに自信を失いました。
自分は一体どんな仕事だったらできるのか、判らなくなってしまいました。

知識が無い、経験も無い、付け焼き刃の知識で書いた記事なんか役に立たない。
だからクラウドソーシングで受けられる仕事といえばスマホアプリの解説とか、そんな「誰がやっても同じ」ものばかり。

「誰がやっても同じ」なら、私ほど使えない労働力は無いでしょう。
ただでさえうつ病で生産力があり得ないほど低いのに、責任感が強過ぎて「自分が納得できる仕事」を仕上げることに固執し、能力不足でそれが叶わないと判ると心折れて投げ出してしまう。

最悪です。
自分でも心底嫌気がさしています。

私には、ほどほどで妥協する方法というのが判りません。
相手を満足させるものを作るためには自分が満足するものを作ることが最低条件であるという感覚が、信仰とも呼べるレベルで染み付いています。

自分が満足できないものを相手に渡してお金を貰うなんて、そんなの胃が痛くなるばかりです。罪悪感で自分のことをボコボコに殴りたくなります。
だったら一度受けた依頼でもキャンセルした方がお互い幸せなんじゃないかという考えが頭に居座っているのですが、それが現実的に正しい考えではないことも解っています。

私の「自分が満足」のラインが高いのか低いのかはよく判りません。
ただ、今回私がやっていたような「文章作成マシーン」としてのクラウドソーシングの仕事においては、私の「自分が満足」のラインは不必要に高過ぎるのだろうとは思います。

 

先日プロフィールページに「イラスト・執筆のお仕事が可能です」の一文を図々しくもこっそり書き加えた私ですが、そんなことを言っている一方で、何かを頼まれて、自分の能力が足りなくて納得いくものが仕上げられなくて投げ出してしまう結果になることを恐れています。

もちろん、頼まれたら責任を持って全力を尽くすけれど、最後まで絶対に投げ出さないという自信が、今の私には無くなってしまいました。

自分の無能さが憎い。悔しい。呪わしい。
これこそが生きている上での最大のストレスです。どうしようもないね。

 

メンヘラにはクラウドソーシングも結構厳しかったというお話。
自信が帰ってきたらまた挑戦したいと思います。