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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

自分だけの道を歩くということは、自分一人で歩いていくということ。

コラムのようなもの コラムのようなもの-ネガティブ

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こんにちわ、サユです。
私は月末不調が継続中なのですが皆様いかがお過ごしでしょうか(沈殿)


そんな中、大学時代の同級生達と会ってきました。
集まったのは私を含めて総勢7名。
みんな性格も趣味もバラバラで、ただ根っこの部分の性質のようなものが似ていたから何となく引き寄せあって親しくなった仲でした。

私は大学を留年し、さらに中退した後もこのメンバーのLINEグループに居座り続けていて、その結果、集まる機会がある度に何食わぬ顔でのこのこと参加させてもらっています。

私以外、全員無事に大学を卒業して、無事に就職している友人達。
会話にもろくに入れないし、共通の話題も無いし、そもそも私だけ年が離れています。なんてったって私は7浪していますからね!(自棄)

それでも「集まり」に固執するのは、私に残された残り少ない「現実世界における縁」であるがゆえ。

ブログをやっているお陰でメールを貰うこともあります、Twitterで他の人と会話することもあります、でも、人生において同じ時間を過ごし、同じ時間を共にし、同じ課題に取り組んだからこそ生まれた縁は、インターネット上のやりとりからは得られません。

私はコミュ障です。
リアルよりネットの方がその傾向が顕著です。
Twitterで憧れの人に声をかける勇気は無くても、リアルで憧れの人を目の前にしたら声をかけられます。そういうコミュ障です。

顔を知らない相手とのやりとりは猛烈な不安を伴います。
どんなに優しい言葉を返してくれたとしても、相手はその文字を入力しながら実はすごく嫌な顔をしているかもしれない。
相手の目を見ないでする会話は信用ならないと未だにどこかで思っている、私は旧時代的な人間です。

人生の節目節目でつまづいて、その度に縁を失ってきました。
「切れる程度の縁ならばその程度なのだ」と言う人もいるけれど、私にとってはとても大切なもの。失ったら二度と得られないものです。

今日集まったメンバーのLINEグループからそっと退室したらどうなるだろう、と想像します。

もう二度と彼女達と会うことは無いでしょう。
住所どころか、メールアドレスも知りませんから。
それで何か問題があるのか、と言われれば、恐らく無いのです。
彼女達の心にちょっとしたささくれを残すことにはなるかもしれませんが、それだけです。

だって、既に道は分かたれているのですから。

大学を卒業して、就職した新社会人達。
大学を中退して、家で一人でブログを書いている私。
彼女達の目には社会が映っているだろうけれど、私の目に映るのはスマホ画面だけです。

ただ、私が寂しいから、縋り付いているだけ。
LINEグループに居座っているだけ。
私を追い出さないみんなの優しさに甘えているだけ。

毎回「何か」得られるのではないかという淡い期待を抱いてみんなと会うのだけれど、帰り道の胸を占めるのは落胆。勝手に期待して、勝手にがっかりして。
そして会う度に、「みんな」との距離が隔絶の度合いを増していることに、私だってちゃんと気が付いています。

一度別れた道が、いつまでも仲良く寄り添っているワケがないですよね。
進めば進むほどに離れていくことなんて、本当は最初から分かっていたハズなのに。

どうか離れていかないで、って、私だけが必死になっていて。
なんだか、惨めな気分。

 

 

自分だけの道を歩くということは。

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高校の友達は、私が7浪してやっと大学に入った頃にみんな結婚してしまいました。
あんなに仲が良かったハズなのに、いつの間にか誰も連絡をくれなくなりました。

人生で唯一お付き合いした男性も、いつまで経ってもうつ病に足を取られて先に進めない私を待つことに疲れて、先に行ってしまいました。
病気と闘ってる私を「すごい」って言ってくれたことだってあったのに。

みんな、私を置いて先に行きます。
私は、今もうつ病に邪魔をされながらでもなんとか進める道を探して、ゆっくり這いながら前に進もうとしています。

そして、道は分かたれる。
私は私の道を、一人で歩くしかないことを思い知るのです。

次の集まりに誘われたら、きっときっと断ろうと思うのです。
そうしていつか必ず、LINEグループから静かに消えようと思うのです。
他の道に縋り付いていたら、そのうち自分の道が歩けなくなるような気がするのです。

彼女達が羨ましいワケじゃない。
いや、全く羨ましくないと言ったらそれは嘘になるけれど、羨ましいから苦しいのではなくて。
私はまだ、現実世界を一人で生きる寂しさに、慣れることができないだけなのだと思います。
みんなと一緒にいた時間はとても楽しくて、輝いていたから。

 

私は「自分の人生なんだから、自分の意思で自分の道を進め」と言います。
でもそれは同時に、自分だけの道を自分一人で歩いていくということでもあります。
人生の終わりまで続く、長くて孤独な道のりです。

もちろん、途中で他の誰かの道と交わることも合流することもあり得るし、自分の道のすぐ傍に誰かの道があることに気付くことだってあるかもしれませんけれど。

自分だけの道を一人で歩けるようになった時に、人間は精神的な自立を達成したと言えるのだろうなぁ、なんて思うのです。
私がそうなるまでには、まだもうしばらく時間がかかるみたい。

 

生きるって寂しいね。
生きるってツライね。
でも、「トトロ」のメイが点々と落ちているどんぐりを拾いながら辿っていったように、些細なことでも何でも良いから楽しいことや嬉しいことを見付けて、拾ったらまた次を見付けて、拾って、……そんな風にして、その日その日を生き進んでいきたいと思うのです。

また、明日から。