おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

『馬はなぜ走るのか―やさしいサラブレッド学』を読みました!

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こんにちわ、サユです。
今回は、書評に挑戦です。

 

 

おんまはみんな パッパカはしる 

「最近活字嫌いのお前でもこれなら読むだろう」

そう言いながら父親Amazonダンボール箱からおもむろに取り出したのが、この本だった。

いやいや、私は別に活字嫌いなんじゃなくて、本を読むよりゲームをやっている時間が楽しいだけであって、そもそも買うと金がかかる本よりも無料で遊べるゲームの方が無職の身分の私にとっては優しいワケですよ?
……などという、父親に対する口には出せない感じの反感が脳裏を駆け巡ったが、それらは本のタイトルを目にしてたちまち霧散することになる。

馬はなぜ走るのか

圧倒的な吸引力だった。
絶賛プレイ途中だったポケモン(※サンを買いました)を中断し、自室で馬のシルエットが描かれた本をそっと開いた。ゲームに活字が勝った瞬間である。
……ポケモンは無料ゲームじゃないじゃん、という真っ当なツッコミはこの際勘弁していただきたい。

 

私は競馬が好きだ。
毎週土日はラジオとテレビで欠かさず競馬を観戦(?)しているし、自宅から比較的近い府中競馬場でレースが行われていれば直接観に行くこともある。
日本馬が海外でレースをすると聞けばニコニコ生放送まで駆使して応援する。
グリーンチャンネル*1が利用できないことが心底残念なのだが、グリーンチャンネルが観れたらきっと私は一日中テレビの前から動けなくなってしまうので、現状くらいが丁度良いのかもしれない。

しかし、私は金にならないファンでもある。
馬券を買わずに、馬を見て満足してしまうからだ。

競馬が好きというよりは、馬が好きで、馬が存分に見られるのが競馬だった。

ちなみに、競馬が好きになったきっかけは皆様ご存知ディープインパクトの活躍だ。彼の躍動は、競馬にあまり興味のなかった私がサラブレッドに惚れるには十分な衝撃をもたらしてくれた。
そのまま鞍上の大ファンにもなったことは余談である。

 

 

どうしてなのか だれもしらない

このエピソードが紹介されたのは、競馬を知らない人代表として出演していた女性ゲストの「馬は走るのが好きで走っているのか、それとも鞭で叩かれるのが嫌だから走っているのか」という質問がきっかけだった。

それに対して競馬芸人の面々は「馬は当然、レースを走りたくて走っている」と答えた。

競馬に好意的な興味を持っていない人ならば「馬は鞭によって走らされている」と感じるのは一つの自然な成り行きだろう。
レースの最後の直線で、騎手は必死の形相で馬に鞭を入れるし、観客もそれを望む。その様子を「可哀想」と評する人がいるのも事実だ。

対して競馬ファンは「馬は走るのが好きで走っているのだ」と主張する。

結局のところ、馬に訊かなければ答えのわからない話である。
馬と会話する手段が無い以上、両者の意見はいずれも空想の産物に過ぎない。

この「馬に訊かなければわからない答え」に、感情を排した「馬学*2」の観点からできる限り近付いてみせたのが本書である。

一気に読み終えてしまったが、非常に濃厚だった。
競馬に詳しいファンならば常識として知っている内容も含まれているのかもしれないが、レースの勝ち負けよりも馬を見て喜んでいる私にとってはどれも初耳の知識ばかりだった。

データや図解を交えた解説はわかりやすくはあるものの、サラッと読み流して理解できるレベルではない。 
……私は馬の足運びを自分で真似しようとして見事にすっ転がったので、理解したくても実践はしない方が良いだろう。

馬の骨格の構造、筋肉の質、走る時の足運びの詳細から歩幅、さらには馬場の話から遺伝学、サラブレッドの祖先の話まで、馬の「走る」に関わる全てが本書で徹底的に分析されている。
時に競馬ファンの希望的通説にも鋭く切り込む論調には「サラブレッド学と銘打つだけのことはある」と思わせる強さを感じた。

人間は、とかく動物に人間と同じ感情を求めがちである。
「馬は好きで走っている」も「馬が可哀想」も、考えてみれば人間が勝手に馬に感情移入した結果だ。
それらに対して、どちらにも与せずに、ただ事実だけを積み重ねていく筆者の態度は堂々たるものである。
余計な感情は排しながら、しかし本書のどこを開いても筆者の馬に対する深い深い愛情が感じられる、良書であった。

 

 

馬はなぜ走るのか

最後の最後に、ほんの少しだけ、ただの競馬ファンとしての筆者の、祈りにも似た本音がこぼれる。

馬にとっての幸福とは

そうなのだ。
競馬ファンなら誰でも、馬の幸せを願うのだ。
しかし、何が馬にとっての幸せなのかは、馬学の観点から追究してもわからない。

確かなのは、競馬が無ければサラブレッドは存在価値を失い、生まれてくることさえできないということ。
生まれてきたからには走らなくてはならないのがサラブレッドだということ。

人間から注がれる愛情が、馬にとっての喜びであるという確証は無い。
だが、そうであってほしいと、私も一人の競馬ファンとして、願っている。

 

馬は何故走るのか。
毎週毎週サラブレッドと騎手が繰り広げるレースを見ている私にとって、それは灯台の足下にある問いだった。「当たり前のこと」として、考えることさえ忘れていた疑問だった。

その「当たり前」にクエスチョンマークを突き付ける。
何かを今よりも深く理解する為には必要な一手だ。

帯には「競馬を見る目が大きく変わる」と書かれていたが、まさにその通りであった。
知識を得ること、それによって世界が変わることの楽しさを、思い出させてもらったように思う。

悪く言えば、ロマンの無い本である。
けれども、競馬が好きでも、好きでなくても、馬を愛する全ての人にとって読む価値のある本だ。馬を愛するための知識がつまっている。

奇跡と、神秘と、歴史が創りたもうたサラブレッド。
この一冊が、その素晴らしさを見つめ直すきっかけになることは、間違いない。

*1:競馬専門有料チャンネル。テレビで見るためにはスカパー!などの環境が必要。

*2:『馬の進化や行動や動物生理や臨床医学や、とにかく馬に関することはなんでもありの学問』と筆者は述べている。