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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

あなたが感じたことが正しいよ、っていう話。

うつ病 うつ病-考え方

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こんにちわ、サユです。
数日ブログを留守にしていました。
いやー、体調ってある日突然ガタッとくるもんなんですよねー(遠い目)

わりと調子が良かったので、調子に乗って油断していたら、1日寝たきりになるレベルまで落ちてしまいました。
ちょっとしんどかったぜ。

でもなんとか生還です。

今回は文章記事です。長めかな?

有難いことに、私の文章を読みたいと言ってくださる方がいたので……できるだけ4コマ漫画を投稿するようにしていたのですが、体調がイマイチでも更新できるのは文章記事なので、「文章を読みたい」という要望は今の私には嬉しかったです。

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文章書いたら力尽きました(笑)
まだ本調子じゃないね。 

 

 

たとえ精神科医の言葉であっても。

先日、こんなツイートをしたら、いつもよりたくさんの人にリツイートされました。

これは、とある自称・精神科医のアカウントが、精神的に弱っている人にとっては劇物としか思えないような主張を、医者の立場(あくまで自称。実際のところは知りません)から繰り広げていて……その言葉にいろんな人が傷付けられているのを見て、思わず呟いたものです。

自称・精神科医が用いていた「絶対に〇〇してはいけない。〇〇する奴はダメ」という言い方は、精神的に弱っている人に向けてはいけないものだと私は思っています。

多分、元気な人なら平気なんです。
〇〇する奴はダメだ」という言葉を聞いた時、元気な人なら抵抗力があるから「そんなん知るか!自分は〇〇で良いと思うからこれでいいんだ!」って、跳ね返せますよね。

でも、精神的に弱っている人の場合、「あぁ、自分は〇〇だ。自分はダメなんだ。もう何もかもダメだ。死のう」というように、強い言葉がグッサリ刺さって、どんどん沈んでいってしまいます。
私にもそういう経験があるから、自称・精神科医の言葉にダメージを受けた人の気持ちは、かなりリアルに想像できます。

偉い人や、権威のある立場の人の発言が、常に必ず正しいとは私は思いません。
実際、医者だってカウンセラーだってピンキリです。
とても医者とは思えないような発言を繰り返している人だって世の中にはいます。

ただ、うつ病や、精神疾患で苦しんでいる人間にとって、精神科医は道しるべです。
暗闇の中で、どちらに向かって歩むべきかを指し示してくれる存在です。
治療において、唯一患者の行き先を教えてくれる存在です。

精神科医の肩書きを明らかにした上で、何かを発信したら、患者はそれを道しるべにしようと考えます。その言葉に縋ろうとします。それが当然です。

その人に「そんなんじゃ絶対ダメだ」と言われてしまったら、どうでしょう?
道しるべを失ったように感じるとは思いませんか?

それはすなわち「お前は一生暗闇の中にいろ」と、唯一頼れる存在から見捨てられたにも等しいことなのです。
一本しかない蜘蛛の糸を切られたような心持ちになるんです。
暗闇で唯一の光を失ったようにも思えるんです。

精神科医」を名乗るからには、その辺りを気を付けて欲しいと切に願いますが……先ほども言った通り、医者だってピンキリです。
大体、うつ病の経験があるドクターなんてほとんどいないでしょう。

正論をぶつけられたら砕け散ってしまうような心細さは、医者には理解されないと思っておくくらいが丁度良いのかもしれません。

本当に患者さんのことを考えて、どう接するのが正しいのか日々考えているような、善意にあふれた精神科医だって、もちろんいるんですけれどもね。

 

 

あなたが感じていることが正しい。

私は常に「あなたが感じていることが正しい」と思います。
あなたが「ツライ」と感じたことが、私には「ツライ」と思えなかったなら、それはあなたが甘えているのではなくて、私の想像力が足りないのです。

「ツライ」って言っている人に対して「甘えだろ」っていうのは、相手を理解しようとしないだけでなく、自分の想像力の不足を相手の非にしてしまうという、二重の怠慢を犯していると私は考えます。

誰かのお説教を聞いて、新しい発見ができることもあります。
でも、どんなに素晴らしい経歴を持つ人の素晴らしい話でも、説教をそのまま全て受け入れなければならないと思わないでほしいんです。

心が弱っている時に他人の強い言葉を聞くと、自分の感情が潰されてしまうことがよくあります。自分の意思を蔑ろにしがちになります。

もし、誰かの話を聞いて「ああ、〇〇だから自分はダメだ」と、自分を全否定する方向に心が動いてしまったなら、どうか立ち止まってほしい。

「自分はこういう考え方は好きじゃないな」とか「何か違うと思うな」っていう自分の素直な気持ちを、「あの人が言っているから正しいんだ!自分はダメなんだ!」みたいに、乱暴に押し潰さないでほしい。

あなたの気持ちはあなたにしか感じられないもので、あなたしか守ることができないものです。
「おかしい」と思ったなら、その気持ちをまずは大切にしてほしいと思うんです。

 

 

たいていの主語は大き過ぎる。

ここからはちょっと余談です。

たとえば私が「うつ病患者」を主語にしてブログで話をすると、一部のうつ病患者からは同意が得られますが、一部のうつ病患者からは批判されることになるだろうと思います。

それはどうしてでしょうか?
……「うつ病患者」という主語が大き過ぎるからです。

うつ病患者にもいろいろいます。
今まさにどん底の人、治りかけの人、家庭が原因の人、仕事が原因の人、二次障害の人、双極性障害の人、身体症状が重い人、抑うつ気分が強い人。
細かく分類しようとしたらどこまででも分けられると思います。

個人的には、うつ病の症状は千差万別、患者の数だけ種類があるだろうと思っています。

その千差万別な人達が全部「うつ病患者」という分類に放り込まれているワケです。
そう考えると、「うつ病患者」って主語は、かなり大きいですよね。
大きいし、不正確です。

もしも私が「治りかけのうつ病患者」に向けて話をする時に、主語を「うつ病患者」にしてしまったら、「今どん底にいるうつ病患者」を深く傷付けることになるでしょう。もちろんその逆もあり得ます。

何が言いたいかというとですね、世の中に存在するどんな分類も、主語にするには大きすぎるんだと思ってるんです。
でも、話をする時には主語を設定しなきゃならない。
話の対象全員をカバーするためには、ちょっと大きめの主語を使う必要があることもある。

一対一で自分に向かって放たれた言葉であれば話は別ですが、そうでないならば、話の主語が自分を指し示しているとは限らない。
だから、たとえ主語が明らかに自分のことを指差しているように思えても、話を聞いて「これは違う」と思ったら、スルーする判断が必要なんじゃないかなって。

スルーするのにも結構なエネルギーが必要だし(健康な人だってスルーするのに苦労しているみたいですし!)、強い言葉が一度でも視野に入っちゃうといつまでも頭にこびりついて苦しい思いをすることになったりするから、言うほど簡単な話ではないのですけれども。

そんなことを、最近布団の中で潰れながら考えていました。

 

 

自分の気持ちを大切に。

そういえば、前述の自称・精神科医が、「嫌なものは見ないようにしろ」というようなことを言っていました。

自分が患者を苦しめるようなことを発信していたくせに何を他人事のように言ってるんだ!と腹立たしく思いましたが、心が弱っている時に、しんどさを感じるものを見ないようにするというのは賢い自衛手段です。

お説教をしたがる人たちが用いる、大きすぎる主語に巻き込まれることは、結局のところ、避けようがありません。
巻き込まれて苦しまないようにするためには、見ないこと、聞かないことが最大の防御策になります。

私も心がざわついてどうにもならなくなったら、Twitterから離れるように心がけています。
……で、その分、youtubeとかニコニコ動画とかで好きなゲームのプレイ動画とか見てます。
Twitterと違って動画は平和ですよねー(なおコメント欄は見ない模様)

 

想像力のない人が使う強い言葉に打ちのめされて「〇〇はダメだって。じゃあ自分はもうダメだ」と落ち込んでしまう人に、「そんなことないよ。今は弱っているからそう思っちゃうだけだよ」って、声をかけて回りたいです。
実際にはそんなことはできないので、せめてブログに書いてみました。

誰かを励ますことができますように。