おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

うつ病患者と劣等感。うつ病患者は「劣って」いるのか?

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こんにちわ、サユです。
前回の記事で取り上げさせていただいた読者さんからのメールの一部をもう一度参照するところから今回は始めたいと思います。

私自身は、遠方の大学に通っていたことと、アルバイトでの過度の疲労のために心身のバランスを崩してしまったのだと考えています。
ですが、言われてみると、同じ条件でも学生生活を続けられる人はたくさんいます。
すると、自分は能力のない人間なのだと余計に気分が落ち込んでしまうのです(最近はネット検索を控えているのですが)。

そうなんだよね!!
「自分は劣ってる」って思っちゃうんだよねええええ!!

今回はこの辺りの話をさせてください。
ちょっと頑張って書いてみます。

 

 

うつ病患者・劣等感・社会不適合。

うつ病になると、今までできていたことができなくなります。
それどころか「他の人にできることができなくなった自分」に強制的に気付かされることになります。

その上でさらに考えていくと「同じような生活をしているのに、あの人はうつにならなくて、私はうつになった」という事実に辿り着いてしまいます。

その事実を理解したうつ病患者は打ちのめされ、すっかり自信を失います。
自分は劣った人間なのだ、生まれつきのできそこないなのだ」というように。

私はうつ病をある種の社会不適合の結果だというように捉えています。
適合することが正しいかどうかはさておき、現在置かれている環境に適合できず、それゆえ多大なストレスに苛まれ、結果としてうつ病になる。
医学的・専門的なことは正直わかりませんが、私にとってうつ病はそういう病です。

もちろん、ストレス以外の原因でうつ状態になった人は話が別ですよ。
他の病気や障害が原因でうつ病になってしまった人は、今回のストレス云々の話の中で語ることはできませんのでご了承ください。

 

たとえば、ブラック企業で鬼のように残業をさせられてうつ病になった人はつまり「ブラック企業に適合できなかった」と言えるでしょう。ブラック企業そのものに問題があることはさておき!

うつ病患者が「劣っている」のだとしたら、「ストレス耐性」の一点においてのみだと私は考えます。

「風邪をひきにくい」とか「花粉症じゃない」とか「猫アレルギーじゃない」とかではなくて、「ストレスに強い」ことが現代社会では異常に重視されています。
それだけでかなりの人間の社会的な優劣が決められてしまっているように私には思えます。

高校を出て、大学を出て、就職して、という、日本において「普通」とされるレールの上を走り抜くためには、まず求められるのが心身の健康です。
生まれつき病気や障害を持っていれば苦労するし、どこかで事故にあえば苦労するし、ストレスに弱ければ苦労します。

「普通」のレールの上を走ることが推奨される時期に心身両方の健康に恵まれるというのは実は奇跡的なことなのですが、世の中は「普通」のレールの上を走っている人間、つまり奇跡的な幸運に恵まれた人間が中心となって回っているので、奇跡が奇跡だと認識されることはあまりありません。
むしろ、奇跡を「普通」だと思っている人の方が多いかも。

ストレス耐性。
たったその一点が欠け落ちただけで適合できる範囲が大いに狭まり、レールから落とされてしまう社会を、私は苦々しく思っているし、ふざけんなって思っているし、自分の手で社会を変えることはできなくても「レールの外」で幸せになることによって見返してやりたいという気持ちはいつも持っています。

一人一人が自分に合った生き方や働き方をして、心の健康が保てる程度の「その人にとって適度なストレス」の下で能力を発揮できるようになれば一番良いのですが、今のところ日本社会はそれほどフレキシブルではありません。
ストレスに強い人が圧倒的に優遇されています。

「ストレス耐性の無い自分はできそこないなのだ、もう人生捨てちまえ」と思ったことなら私にもあります。
でも、ストレス耐性が無いだけなら、ストレスがかからないようにすることができればやれることはいろいろあるハズだと、最近考えを改めました。

ストレスに弱いって理由だけで自分の全てを諦めるなんて、勿体無いよ。

 

 

「前向きな諦め」の話。

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私のうつ病の原因は「勉強のし過ぎ」と「父親との関係の歪み」の2つに集約されると思います。
でも、私と同じかそれ以上に勉強を頑張っている人は同級生にも居たし、家庭環境に関しては私はかなり恵まれている方でした。
弟はうつ病とは全く縁のないまま無事社会人になりましたし、ね。

なぜ自分がうつ病になったのか。
私は、「私が劣っているから」以外の答えを見付けられませんでした。
そして、それがどうしても許せませんでした。
根性だ」「死ぬ気でやる」とうわごとのように言いながら勉強を続けました。
ストレスに負けて病気になっているのに、そこにさらにストレスをかけて自分の不足を補おうとしました。最悪かよ。

その後どうなったかは、私のプロフィールに書いた通りです(苦笑)
7浪して大学に入るも、結局中退して今に至ります。現在30歳です。

私の理想は「ストレスに強くてバリバリ頑張れる努力の人」でした。
能力が足りない分は努力で補ってみせる!と思っていました。
けれど、私はうつ病になりました。
理想通りの姿になる資質を、どうやら持ち合わせていなかったようです。

大抵の人は大人になる過程で理想と現実のギャップにぶつかることがあるだろうと思いますが、私はそのギャップが「うつ病」という形で露出したワケですね。

ギャップにぶつかってからずっとずっとずっと。
私は自分を「理想に近づける」ことばかり考えてきました。
何かができないと「どうしてこんなこともできないんだ!」と自分を責めました。
自分が理想通りにならないことがひたすら許せなかった。認められなかった。

マインクラフトで言うなら、防具無し・鉄剣1本でエンダードラゴンに挑んで勝てないことを自分の実力不足だと思っているような滑稽さです(※?)

 

それじゃダメだったんです。

うつ病になっちまった。
なっちまったものは仕方がない。変えようがない。
じゃあ、今の自分にできることは何なのか?
今の自分にできないことは何なのか?

「他の人」とか「理想」とかは無視して、今の自分とじっくり向き合って、理解して、把握して。
必要なのはこういう「前向きな諦め」なのだということを、15年目にして私はようやく心の底から理解できた、と思っています。

うつ病になったら、今までできたことができなくなります。
とりわけ、自分にとってストレスになることは覿面にできなくなります。ある意味わかりやすい病気ですからね。
だったらもう、今できることをやりながら体調を立て直して、「できる範囲」を少しずつ増やしていくしかないんですよ。
どうしてこんなことも!」って思わずに、ね。

エンダードラゴンを倒したかったら、まずは無限弓とエンチャント付きのダイヤ防具を用意する地道な作業が必要だってことですよ(※??)

 

 

うつ病患者は劣っているのか?

そうですね。
ストレス以外の原因でうつ病になっている人の場合は除きますよ。

ストレス耐性という一点で比較したら、多分私はかなり劣ってます。
学生時代から努力を重ねて社会人デビューした後にうつ病を発症した人と比べたら、中学生の時からうつ病の前兆があった私の方がどう考えても劣っているでしょうね。

ストレス耐性があまり無くても、環境に恵まれてうつ病にならずに一生を終える人もいるでしょう。
ストレス耐性がかなりあっても、それ以上に過酷な環境におかれてしまってうつ病になる人もいるでしょう。
その辺は運だよね。どうしようもないよね。

うつ病患者は劣っていない」とは私は言えません。
私が、私自身のことをストレス耐性という点で劣っている人間だと考えているからです。
「劣ってないよ!」って言って欲しかった人には、ゴメンナサイ。

そして「前向きな諦め」を推奨する立場から、現実から目を逸らす理由になるようなことは言いたくありません。

自分はやればできるハズだ!」「どうしてこんなことも!!」という気持ちが、私のうつ病をここまで長引かせてきた根源だと思っています。
私にできるのは、自分が15年かけて遠回りしまくってやっと辿り着いた今の「気付き」を、シェアすることだけです。
誰かの役に立てば良いのだけれど。

 

って言ってもね!
そんな簡単に割り切れないよね!!

現実と理想の狭間で苦しむうつ病患者がみんなこれ読んで「なるほどなー」ってスッキリしちゃったらここまで15年もかかった私がアホじゃないですか(笑)
そんな簡単じゃないよね。知ってますよ。

それでも、こういう考え方で私は楽になったよ、っていうことを、提示させていただきました。
ある一点だけを取り上げて「自分が劣っているかどうか」なんて、どうでもよくなる日がきっと訪れますから。
参考までに。