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おどりば

ロースペックうつ病患者のブログ。寛解をめざして!

自分流に「自分が正しいと思うな!」を言い直してみた。

コラムのようなもの

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こんにちわ、サユです。

メールボックスを覗いたら、私の文章に励まされたという内容のメールが2通も届いていたのでなんだかふわふわしています。ふわふわ。奇跡みたい。

この喜びは改めて記事にする予定ですが、先に言わせていただきます。

ありがとう。
私があなたを励ませたというのなら、きっとメールをもらえた私はそれ以上に励まされました。
見失いそうになっていた道を再発見できました。ありがとう。

 

さて、今回の議題(?)です。
ここ数日気になっていることの一環なのですが。

もしかして「自分と異なる意見はすべからく戦って打ち倒すべし」と思っているんじゃなかろうか?と思われる人物に対して、

「自分が正しいと思うな」

という旨のアドバイスをした人がいました。
すると、

「あなただって『自分が正しいと思ってはならない』という自分の意見を正しいと思っているじゃないか!」

という反論が返ってきました。

さて、困ったぞ。

 

 

何がいけなかったんだ。

批判(私にはアドバイスに見えましたが)に対して、「そう言うあなただって!」という返し方をした場合、ただの揚げ足取りになります。

批判に対して揚げ足取りで反論するということは、「あなたと生産的な議論をするつもりはありません」という意思表示であるはずなので、批判した側はこれ以上取りつく島がありません。

「私に対する批判は要りません」という態度は、どちらかというと批判ウェルカム人間である私にはとてもできないことなので、度胸があるなぁと感嘆するばかりなのですが。

しかし、これでは批判した側があまりにも虚しい気持ちになるだろうと、想像してしまったのです。もちろん私は当事者ではないので、すこぶる余計なお世話だということは判っているのですが。

だって、善意のアドバイスにしか見えなかったから。揚げ足は取られちゃったけど。
私が当事者だったら、おそらく同じような批判(アドバイス)をしたと思うから。

「自分が正しいと思うな」というアドバイスの、何がいけなかったんだろう、と考えてみました。

言葉が足りなかったんだろう、というのが私の結論です。

 

 

自分ならこうする案。

「自分が正しいと思うな」を、私が言うとしたら、こうなります。

「自分が正しいと思うことばかりが正解だと思っちゃいけないよ。どうも最近のあなたは自分の意見こそが正しいと思っているように見えて心配になるんだ」

……長いですね。でもこのくらい言わないと足りない気がしました。

もしも「あなただって!」と返ってきたら、「もちろん私だって何が正解かなんてわからないけれど」と応じます。

これなら、相手はやっぱり「余計なお世話です」って言ってはねのけるかもしれないけれど、揚げ足を取られることもなく、少なくともこちらの言いたいことは余すことなく伝わると思うんです。
それに、批判じゃなくてアドバイスだってことに気付いてもらえるかも。

短くて強い言葉は喧嘩のタネになります。

文字になっていない部分から多くを察してくれる人ならば多少言葉が足りなくても大丈夫なのかもしれませんが、自分が批判されたと思ったら、そんなに冷静ではいられませんよね。

言葉って難しいです。
感情が高ぶった時に勢いで口から飛び出した言葉にはたいていトゲがあって、そのトゲで傷付いた人は「どうしてあの人はこんなトゲのある言葉を発したんだろう、ただの悪意なのか、どこかに善意が隠れているんじゃないのか?」なんて、考えませんものね。

今回私がお節介にもこんなことを考えられたのは、私が全くの第三者だからです。端から問題のやりとりをのんびり眺めることができたからです。

きっと、当事者には難しいと思う。

 

 

そういう人もいるんだよ。

www.sayulog.com

こちらの記事にも書きましたが、私は口論が苦手です。
どうやったら相手に真意が伝わるか考えてしまうから、テンポが悪すぎて口論が成り立たないんです。

とりわけ、自分の意見で相手を叩き潰すことを信条としている人とのやりとりは苦しいです。
私の父親が少なからずそう言う面を持っている人なので、子供の頃はいつも一方的に叱られて、心の中でもやもやしていました。必死になって半端な言葉を絞り出しても即座に叩き落とされて終わるか、相手の怒りに油を注ぐばかりだったので、「父親が正しいんだ、逆らえないんだ」と諦めざるを得ませんでした。

仕方がないんです、完璧な反論で無ければ父親は余計に怒るんですから、完璧な反論をしようとしたら、頭の回転がのろまな私には口論なんてできなかった。

おかげで私は親と一度も喧嘩したことのない「いい子」に育ちましたが、ついでにうつ病にもなりました。返答の際に完璧を目指すように調教されて今日まできてしまったので、それも自分の個性として受け入れています。
今更変えられる気もしないですし、ね。

 

「自分の意見で殴り勝つ」議論を望む人に、妥協を求める言葉が通じないのは、どこに行っても同じなのだなぁ、なんて、思ったのでありました。

おしまい。

 

 

蛇足。

本日のポケモンGO

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我が家の玄関のドードーさん。